黒木の方

山科言綱の正室 From Wikipedia, the free encyclopedia

黒木の方(くろきのかた)は、戦国時代女性公家山科言綱正室。『言継卿記』では黒木殿とも記される[1]

生誕 長享元年(1487年
死没 永禄12年(1569年)7月18日
別名 黒木殿
配偶者 山科言綱
概要 生誕, 死没 ...
生誕 長享元年(1487年
死没 永禄12年(1569年)7月18日
別名 黒木殿
配偶者 山科言綱
子供 養子:山科言継
父:中御門宣胤
親戚 兄弟:中御門宣秀四条隆永、宣増、寿桂尼、尚子、女子
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藤原北家勧修寺流中御門家名家)の生まれで、父は権大納言中御門宣胤。兄に中御門宣秀、姉は駿河国戦国大名今川氏親正室寿桂尼。子はなし。名は不詳。姉が寿桂尼という関係で、姉を頼って駿河に下向していたとされる[1]。また、夫の山科言綱の子・山科言継(母は黒木の方ではなく、身分の低い女嬬)は、黒木の方の妹寿桂尼の孫今川氏真と交流し、弘治2年(1556年)から翌年にかけての駿河下向の際の『言継卿記』は、貴重な史料となっている[2]

永禄12年(1569年)7月18日、相模国早川で死去。享年83[3]。法名唯心院玉林貞照[4]

系譜

脚注

参考文献

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