黒木の方(くろきのかた)は、戦国時代の女性、公家山科言綱の正室。『言継卿記』では黒木殿とも記される。
藤原北家勧修寺流中御門家(名家)の生まれで、父は権大納言中御門宣胤。兄に中御門宣秀、姉は駿河国の戦国大名・今川氏親の正室寿桂尼。子はなし。名は不詳。姉が寿桂尼という関係で、姉を頼って駿河に下向していたとされる。また、夫の山科言綱の子・山科言継(母は黒木の方ではなく、身分の低い女嬬)は、黒木の方の妹寿桂尼の孫今川氏真と交流し、弘治2年(1556年)から翌年にかけての駿河下向の際の『言継卿記』は、貴重な史料となっている。
永禄12年(1569年)7月18日、相模国早川で死去。享年83[3]。法名唯心院玉林貞照。