黒田和夫
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経歴
- 1939年: 東京帝国大学理学部化学科を卒業。
- 1944年: 理学博士号を取得。「Geochemical studies on the hot springs of Japan(本邦温泉の地球化学的研究)」。[3]<東京大学助教授として最年少の教職員になる。柴田雄次、木村健二郎のもとで希元素鉱物や温泉の分析・地球化学研究を行う。
- 1948年: 本邦温泉、鉱泉の微量成分、放射性元素の定量的研究の業績により第1回日本化学会 純正化学賞を受賞する。
- 1949年: グレン・シーボーグを頼り渡米。
- 1952年: ミネソタ大学で博士号を取得後にアーカンソー大学助教授に就任。
- 1955年: アメリカ国籍を取得。
- 1956年: Journal of Chemical Physicsで天然原子炉が形成される可能性を予想した論文を発表(1972年にガボン共和国のオートオゴウェ州オクロで発見される)。
- 1987年: アーカンソー大学教授を引退。
- 1991年: 日本地球化学会の「柴田賞」を受賞[4]。
- 1999年: 日本が第二次世界大戦中に研究していた原爆開発原理に基本的な誤りがあったことを黒田和夫の保管していた旧陸軍内部文書により発見された。[5]焼却予定だった資料を共同研究者の理化学研究所の一人から渡されていた。