黒田知宏

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黒田 知宏(くろだ ともひろ、1971年4月19日 - )は、日本情報学者医療情報学)。

京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授[1]2023年より京都大学大学院医学研究科附属医療DX教育研究センター長。

医療・福祉情報学、特に仮想・融合現実感(VR・MR)、マルチメディア通信、ウェアラブル・ユビキタスコンピューティングの医療・福祉応用に関する研究に従事。遠隔手話通信システムの研究に基礎にデータグローブを、病院情報システムの設計・開発を通して医療用無線LANデジタルカメラシステム等を開発・実用化した。近年は、遠隔医療通信基盤、VR/MR医学教育環境、コンテキストアウェアな病院情報システム、生体信号計測用e-Textile等の開発を行っている [2]

1971年4月19日 大分県別府市生まれ。東大寺学園高等学校を経て、1994年 京都大学工学部情報工学科を卒業。1995年8月~10月ヘルシンキ工科大学医用工学科技術研修生。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程及び博士後期課程情報処理学専攻を修了。博士(工学)(奈良先端科学技術大学院大学)。

日本生体医工学会理事長2022年2024年)をはじめ、日本生体医工学会日本医療情報学会システム制御情報学会日本手話学会理事などを務めた [7]

人物

「この(医療情報の)道を志したこと自体一度もなくて、いつの間にかここにいるんですよ。大学に入る前は、アナウンサーになりたいと思っていました。……アナウンサーになるには政治系の学部に行くほうがいいだろうと思っていたのですが、父が京都大学の高分子化学、母方の父が佐賀大学で土木工学の教授をしていて、「理科系でないところには行かせない」と言われていました。他にも進路についていろいろと言われ、「そこまで言われるんだったら、京都大学を受けてやる」という気持ちになり、当時最難関だった京大工学部情報学科に入学しました。大学ではアナウンスサークルに入ったのですが、アナウンスコンクールでプロのアナウンサーに「歯並びを矯正しなければアナウンサーになれない」と指摘されて諦めました。その後、ある先生とけんかした関係で京大の修士に残れず、修士課程で奈良先端科学技術大学院へ行きました。そろそろ博士号を取れそうだというとき、ある企業の内々定を取っていたのですが、教授から「助手のポストが空くから博士論文を書け」と言われて大学に残りました。その後、フィンランドのオウル大学に客員教授として留学していたときに、その教授から「あなたに来てほしいという人がいます」というメールをもらいました。それが京大病院でした。……けんかして出てきましたから、京都大学だけはないと思っていました(笑)」(Think, IBMより抜粋 [8])。

著作

脚注

外部リンク

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