元禄10年(1697年)、福岡藩家臣・野村祐春の子として筑前国福岡にて誕生した。母は黒田一貫の娘。
正徳5年(1715年)11月、黒田長軌の病が重くなり養子となり、同年12月25日、遺領を継いだ。
享保元年(1716年)1月15日、8代将軍・徳川吉宗に御目見する。同年7月22日、従五位下甲斐守に叙任。財政窮乏化のため、定免制や蔵米知行制度導入による藩政改革を行なっている。
宝暦4年(1754年)9月10日、秋月にて死去した。58歳。法号は耀誉祐歓興願院。同地の古心寺に葬られた。
家督は長男・長邦が継いだ。