龍宮神社 (小樽市)
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所在地
北海道小樽市小樽市稲穂3丁目22番11号
位置
北緯43度12分02.0秒 東経140度59分31.7秒 / 北緯43.200556度 東経140.992139度座標: 北緯43度12分02.0秒 東経140度59分31.7秒 / 北緯43.200556度 東経140.992139度
主祭神
底津和田都美神
中津和田都美神
上津和田都美神
中津和田都美神
上津和田都美神
| 龍宮神社 | |
|---|---|
![]() | |
| 所在地 | 北海道小樽市小樽市稲穂3丁目22番11号 |
| 位置 | 北緯43度12分02.0秒 東経140度59分31.7秒 / 北緯43.200556度 東経140.992139度座標: 北緯43度12分02.0秒 東経140度59分31.7秒 / 北緯43.200556度 東経140.992139度 |
| 主祭神 |
底津和田都美神 中津和田都美神 上津和田都美神 |
| 社格等 | 旧郷社 |
| 創建 | 明治9年(1876年) |
| 本殿の様式 | 神明造銅板葺 |
| 例祭 | 6月21日 |
| 主な神事 | 龍宮火祭 |
| 地図 | |
由緒
明治2年(1869年)に国有地払い下げの折、榎本武揚が小祠を設けて遠祖である桓武天皇を奉祀した[疑問点]のが濫觴で、同9年に移民の安寧を図って「北海鎮護」の額を献納し改めて神社として創祀し、その後江差町の教派神道龍宮教会分所(明治17年設置)が明治19年4月に現社地に移転して榎本創祀の小祠を合祀し、これを龍宮殿と称したが、同29年7月に本間豊雄がその土地と社殿の全てを譲り受けて初代社司(現宮司に相当)となり、翌30年(1897年)社殿を改築して大和田津美神社と称し、同年6月には国から神社として認められた(無格社)。翌31年4月に現社名に改称し、大正5年(1916年)3月に村社に列格、同7年12月長橋町に鎮座していた小樽伏見神社を境内に遷座し、昭和3年(1928年)9月には郷社に昇格するとともに神饌幣帛料供進神社に指定された[2]。
なお、鎮座地である稲穂(いなほ)は明治3年に開拓判官である岩村通俊が命名したものであるが、「いなほ」はアイヌが祭具として用いる「イナウ」に因んだ名であって、古くはアイヌが祭場としていた所であると伝えられる[2]。
