龍谷中学校・高等学校
佐賀県佐賀市にある中高一貫校
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龍谷中学校・高等学校(りゅうこくちゅうがっこう・こうとうがっこう、英: Ryukoku Junior & Senior High School)は、佐賀県佐賀市水ヶ江三丁目にある私立中学校・高等学校。学校法人佐賀龍谷学園が運営する。「龍谷」(新漢字の「竜谷」が使われることもある)という名を冠した最初の学校で、地名の付かない唯一の「龍谷中学校・高等学校」である。
| 龍谷中学校・高等学校 | |
|---|---|
|
| |
北緯33度14分47.4秒 東経130度18分24.2秒 | |
| 過去の名称 |
振風教校 西肥仏教中学 第五仏教中学 龍谷中学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人佐賀龍谷学園 |
| 理念 | 心の教育 |
| 校訓 |
合掌 感謝 自律 明朗 |
| 設立年月日 | 1878年 |
| 創立記念日以外 | 5月21日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 |
普通科 特別進学科 |
| 学科内専門コース |
文理進学コース 総合コース 特別進学コース 中高一貫コース 保育コース 仏教コース |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード |
C141320100023 (中学校) D141390000016 (高等学校) |
| 高校コード | 41501E |
| 所在地 |
〒840-0054 佐賀県佐賀市水ヶ江3-1-25 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
校訓
- 合掌
- 感謝
- 自律
- 明朗
学科
沿革

- 1878年(明治11年) - 佐賀県真宗寺院の共同により、振風教校として願正寺内に開校。仏典・漢籍・算術・物理・地理を教授する。
- 1900年(明治33年) - 西肥仏教中学と改称
- 1902年(明治35年) - 第五仏教中学と改称[1]
- 1903年(明治36年) - 現在地に移転
- 1908年(明治41年) - 龍谷中学校と改称
- 1912年(明治45年) - 私立龍谷専修学院を併設
- 1947年(昭和22年) - 新制中学校を併設
- 1948年(昭和23年) - 新制龍谷高等学校となる。同年5月財団法人龍谷中学校を財団法人佐賀龍谷学園に組織変更。
- 1951年(昭和26年) - 財団法人を学校法人佐賀龍谷学園に組織変更
- 1955年(昭和30年) - 龍谷中学校休校
- 1961年(昭和36年) - 男女共学となる
- 1992年(平成4年) - 文理コース設置
- 1993年(平成5年) - 仏教コース設置
- 1994年(平成6年) - 龍谷中学校再開
- 1997年(平成9年) - 中高一貫となる
- 2007年(平成19年) - 佐賀で開催された全国高等学校総合体育大会「2007青春・佐賀総体」で男子剣道部が優勝
- 2016年(平成28年) - 第98回全国高校野球選手権佐賀大会で野球部が準決勝に進出するが、部員の喫煙問題と部室のボヤ騒ぎと問題が発覚。部室に煙草の吸殻が約20本発見され、複数の部員が喫煙を認めたため準決勝出場を辞退。喫煙を認めた4人は全員3年生で今大会の登録選手もいた。龍谷高校は春夏通じて通算4度の甲子園出場経験(1980年夏、1989年春、1995年夏、2015年夏)がある[2]。
- 2018年(平成30年) - サッカー部が創部6年目で第97回全国高等学校サッカー選手権大会に佐賀県代表として初出場[3]。
- 2019年(平成31年) - 同校を運営する学校法人佐賀龍谷学園が大塚製薬とスポーツ振興・健康増進に関する協定を締結。サッカー部のユニフォームには同社のブランドである「ボディメンテ」のロゴが付く[4]。
所在地
- 佐賀県佐賀市水ヶ江3丁目1-25
出身有名人
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その他
不祥事
2014年7月第3学年に在籍中だったIさんが、同校の寮より行方不明となり、翌年3月に白骨化した状態にて佐賀市内の山中で発見され、DNA鑑定によりIさんの遺体と判断された。
学校の悩みなどを相談していた顧問が個人的に信仰していた宗教団体のセミナーに3日間参加し、その4日後に失踪しているなど、いくつも不信な点もあり、なんらかの事件に巻き込まれた可能性もあるが、事件の重大性に対し学校及び佐賀県警はこの事件に対して十分な調査、捜査を行っていない状態である。
また、遺体発見時の報道においては「自殺の可能性が高い」との記事が掲載されており、それに対して佐賀県警は自殺との判断はしていないと回答をした。[5]
