加藤悠
日本の女性タレント、プロレスラー
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経歴
横浜英和女学院高等学校卒業[3]後、芸能事務所からスカウトされ、興味があるマネージャー業でアルバイトする。事務所の社長の勧めでオーディションを受け、2008年にグラビアアイドルとして芸能界にデビュー[6]してグラビアやテレビで活動した。高校卒業後、駒澤大学経営学部経営学科に進学した[3][7]。
プロレス格闘技サイト『バトル・ニュース』でコラムを執筆し、コラムを読んだスターダムGM風香にスカウトされる。一度断ろうとするも風香とロッシー小川社長から熱烈に勧誘され、2011年にスターダムの練習生となる[8]。
2011年11月14日に、他の3期生とともにプロテストに合格[9]した。
2011年12月25日に3期生の先陣を切って夏樹☆たいよう戦でデビュー[9]した。当時のリングネームははるか悠梨。
2012年2月5日に新木場1stRINGで行われた安川惡斗デビュー戦終了後、インタビュー取材を受けた[10]。
2012年9月にキックボクシングを練習中、眼下底を骨折した。9月30日の新木場大会から長期欠場して12月31日付でプロレスを廃業[11]した。以降、一時期一般事務職に就く。
2013年8月14日に、加藤 悠として信州ビアガーデンプロレスで信州ガールズプロレスリング入団査定試合と称したグレート☆無茶戦(エキシビジョン)を行った。コスチュームはスターダム時代のものを使用した。
2013年10月1日に、WNCの真琴が中心となって活動する「私立・プロレス学園」に広報として加入[12]した。
2013年10月8日に信州ガールズ定期戦第1弾でリングアナウンサーを務めた[13]。
2013年10月31日にWNC後楽園大会で、私立・プロレス学園の一員として1年ぶりで本格的に試合した[14]。
2013年12月1日に頑固プロレスへ初参戦した。真琴と組み、ヤマダマンぽん子、バンビのペアと対戦し、頑射をぽん子に命中させて誤爆を誘うが、場外乱闘になだれ込み両軍リングアウトとなった[15]。
2014年1月26日のWNCレッスル武闘館大会から選手として本格復帰した。小林香萌と組み、真琴と松本都のペアと対戦するが、真琴のスピアーに屈する[16]。リングネームは本名を使用してコスチュームも一新した。
2014年3月30日に信州ガールズ定期戦第6弾で、林小雪とシングルを行う。
2014年4月13日にレイナ・コーポレーションが手掛けた舞台「フィリピン人の父に投げっぱなしジャーマン」千秋楽のプロレスシーンに出演した。昼は勝愛実、夜は真琴とそれぞれ対戦した。この舞台はスターダム時代の同期である床田菜摘(所属当時は翔月なつみ)も出演し、カーテンコールで揃い踏みした。
2014年8月10日のREINA新宿FACE大会で、亜利弥’とシングルで対戦するが、腕ひしぎ逆十字固めでギブアップして負けた。勝ちに見放された姿に業を煮やしたソフト今井レフェリーから「今度査定マッチ組むから、もし負けたらREINA追放だからな」と通告された[17]。
2014年8月30日にREINA後楽園大会で、査定試合としてアレックス・リーと対戦した。スターダム時代に奈苗軍団で共闘した須佐えりがセコンドに付くも、ソフト今井の悪徳レフェリングに苦しめられる。その後、我慢の限界になった須佐が試合に介入する。ソフト今井にスクールボーイを決めてダウンさせ、代わって入った玉川勝巳レフェリーのカウントで勝利してREINA残留を決めた[18]。
2015年にJWPへ入団し、須佐えりから改名した瑛凛と組んで「JWPタッグリーグ・ザ・ベスト」に参戦した。
2015年3月8日にスターダムの新木場大会へ来場し、古巣マット参戦が発表された[19]
喘息が悪化し、2016年5月29日のスターダム新木場大会を最後に当面の間プロレスを休業した。
2017年にプロレスへ復帰した。5月31日にDDTプロレスリング傘下のガンバレ☆プロレス女子部門のガンバレ☆女子プロレスで、生え抜き女子プロレスラー第1号としてリングネームHARUKAZEのマスクウーマンがデビューした。春一番の技名で使用するスタンド式腕固め、グラウンド状態で繰り出す腕ひしぎ十字固め、スピアーなどの技を得意技とし、試合後に代表の大家健からしばしば気迫のエールを送られる。HARUKAZEは“実は加藤とは双子であり、生き別れた妹”とされているが[4]、「正体は加藤悠ではないか?」と噂が一部のファンやプロレス関係者に広まった[要出典]。
「プロレスラーとして主張するタイプではなく、キャラが薄いので、そこを変えたかった」ために前へ出る芸人に憧れ、ワタナベコメディスクール28期生として入学した。スクール時代はバラエティタレントコースでピンネタをやっていたが本来はコンビが志望で、HENHEN事変を解散直後の「おおのまりあ」がTwitterで相方を募集するツイートを見かけて応募した。加藤の真剣さにおおのが応えて2019年6月1日にお笑いコンビ「ネバーギブアップ」を結成し、ここでも別名義のHARUKAZEで活動している[20]。ネバーギブアップとしてのライブ初出演は、2019年5月31日『勝手に漫才GP』[21][22]である。2020年からライジング・アップ2nd Teamに所属した。
芸人になってから、プロレスラーではそれまでしたことが無かったマイクパフォーマンスをするようになったことなど、変化があった[22]。
2021年3月3日の「スターダム10周年記念~ALLSTAR DREAM CINDERELLA~」日本武道館大会でオールスター・ランブルに出場し、約8年ぶりで「はるか悠梨」としてリングに上がった[23]。
2023年12月30日にお笑いコンビ「ネバーギブアップ」の解散を発表したが、芸人活動は続ける[24]。
もう一度お笑いの勉強をするために2024年4月からNSC(吉本総合芸能学院)へ入学した[25]。
2025年5月5日の横浜ラジアントホール大会を終えてからプロレスラー活動を一時休業する。父親が経営する会社に勤務するため、プロレス活動と両立が困難となった。ガンバレ☆プロレスは、日程の都合がつく限りスタッフとして参加を予定[26]する。芸人として4月1日から吉本興業に所属することを発表[27]した。
得意技
- 飛びつき腕十字固め
- 風香直伝。
- マック
- 変形飛び付き式エビ固め。
入場曲
タイトル歴
- GWC認定6人タッグ王座
人物
- 母は元タレントで歌手の清水節子[28][29]。父は貸しビル業を営むなど裕福な家庭で育ち[30]、父から高額の生前贈与を受けている[29]。
- J-NETWORKで喜入衆から指導を受けて練習を積み、総合格闘技に出場経験がある[31]。
- ラウンドガールや長島☆自演乙☆雄一郎のバックダンサーとしても活動している[31]。
- 観戦してプロレスに興味を抱いた。好きな団体は格闘探偵団バトラーツと初観戦したZERO1[31]。
- 好きな選手は澤宗紀。
- 一人っ子、利き手は左[32]。
- 学生時代は、課外活動を理科クラブで活動し、運動全般が苦手であった[33]。
- スターダム時代から自宅の自室はゴミ屋敷として知られ[34]、『あのニュースで得する人損する人』(日本テレビ、2014年12月18日放送分)で紹介された[35]。のちに自宅から転居した[29]。
メディア出演
DVD
- 加藤悠 ハルカワ!(2013年8月30日、グラッソ)
- 悠なる挑戦!あなたのハートに腕十字 ハルカワリターンズ 悠やります!!(2014年3月28日、グラッソ)