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加藤悠

日本の女性タレント、プロレスラー From Wikipedia, the free encyclopedia

加藤 悠(かとう はるか、1989年[2]2月5日 - )は、日本女性タレントプロレスラー。本名は同じ。神奈川県横浜市出身[3]血液型AB型。別名義はHARUKAZE(はるかぜ)。覆面女子レスラー「HARUKAZE」は加藤の「生き別れた妹で双子」の設定[4][5]。母は歌手の清水節子

別名義 HARUKAZE
はるか 悠梨
現年齢 37歳
概要 プロフィール, 別名義 ...
かとう はるか
加藤悠
プロフィール
別名義 HARUKAZE
はるか 悠梨
生年月日 1989年2月5日
現年齢 37歳
出身地 日本の旗 日本神奈川県横浜市
血液型 AB型
公称サイズ(2024年[1]時点)
身長 / 体重 153 cm / 50 kg
BMI 21.4
靴のサイズ 24 cm
英米単位系
身長 / 体重 5 ft 0 in / 110 lb
靴のサイズ 9 in
活動
デビュー 2008年
ジャンル グラビア
モデル内容 一般、水着
他の活動 タレントラウンドガールプロレス
モデル: テンプレート - カテゴリ
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リングネーム HARUKAZE
加藤 悠
はるか 悠梨
本名 加藤 悠
ニックネーム かとはる
はるちゃん
身長 154cm
概要 HARUKAZE, プロフィール ...
HARUKAZE
プロフィール
リングネーム HARUKAZE
加藤 悠
はるか 悠梨
本名 加藤 悠
ニックネーム かとはる
はるちゃん
身長 154cm
体重 50kg
誕生日 (1989-02-05) 1989年2月5日(37歳)
出身地 神奈川県横浜市
所属 ガンバレ☆プロレス
スポーツ歴 器械体操
トレーナー 喜入衆
風香
高橋奈苗
グレート☆無茶
真琴
デビュー 2011年12月25日
夏樹☆たいよう
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プロレスラーとして、デビュー時ははるか 悠梨(はるか ゆうり)のリングネームでスターダムに所属したが、現在はガンバレ☆プロレスに所属する。

タレントとしてピー・ビー・ビーに所属した。

経歴

横浜英和女学院高等学校卒業[3]後、芸能事務所からスカウトされ、興味があるマネージャー業でアルバイトする。事務所の社長の勧めでオーディションを受け、2008年にグラビアアイドルとして芸能界にデビュー[6]してグラビアやテレビで活動した。高校卒業後、駒澤大学経営学部経営学科に進学した[3][7]

プロレス格闘技サイト『バトル・ニュース』でコラムを執筆し、コラムを読んだスターダムGM風香にスカウトされる。一度断ろうとするも風香とロッシー小川社長から熱烈に勧誘され、2011年にスターダムの練習生となる[8]

2011年11月14日に、他の3期生とともにプロテストに合格[9]した。

2011年12月25日に3期生の先陣を切って夏樹☆たいよう戦でデビュー[9]した。当時のリングネームははるか悠梨

2012年2月5日に新木場1stRINGで行われた安川惡斗デビュー戦終了後、インタビュー取材を受けた[10]

2012年9月にキックボクシングを練習中、眼下底を骨折した。9月30日の新木場大会から長期欠場して12月31日付でプロレスを廃業[11]した。以降、一時期一般事務職に就く。

2013年8月14日に、加藤 悠として信州ビアガーデンプロレス信州ガールズプロレスリング入団査定試合と称したグレート☆無茶戦(エキシビジョン)を行った。コスチュームはスターダム時代のものを使用した。

2013年10月1日に、WNC真琴が中心となって活動する「私立・プロレス学園」に広報として加入[12]した。

2013年10月8日に信州ガールズ定期戦第1弾でリングアナウンサーを務めた[13]

2013年10月31日にWNC後楽園大会で、私立・プロレス学園の一員として1年ぶりで本格的に試合した[14]

2013年12月1日に頑固プロレスへ初参戦した。真琴と組み、ヤマダマンぽん子、バンビのペアと対戦し、頑射をぽん子に命中させて誤爆を誘うが、場外乱闘になだれ込み両軍リングアウトとなった[15]

2014年1月26日のWNCレッスル武闘館大会から選手として本格復帰した。小林香萌と組み、真琴と松本都のペアと対戦するが、真琴のスピアーに屈する[16]。リングネームは本名を使用してコスチュームも一新した。

2014年3月30日に信州ガールズ定期戦第6弾で、林小雪とシングルを行う。

2014年4月13日にレイナ・コーポレーションが手掛けた舞台「フィリピン人の父に投げっぱなしジャーマン」千秋楽のプロレスシーンに出演した。昼は勝愛実、夜は真琴とそれぞれ対戦した。この舞台はスターダム時代の同期である床田菜摘(所属当時は翔月なつみ)も出演し、カーテンコールで揃い踏みした。

2014年8月10日のREINA新宿FACE大会で、亜利弥’とシングルで対戦するが、腕ひしぎ逆十字固めでギブアップして負けた。勝ちに見放された姿に業を煮やしたソフト今井レフェリーから「今度査定マッチ組むから、もし負けたらREINA追放だからな」と通告された[17]

2014年8月30日にREINA後楽園大会で、査定試合としてアレックス・リーと対戦した。スターダム時代に奈苗軍団で共闘した須佐えりがセコンドに付くも、ソフト今井の悪徳レフェリングに苦しめられる。その後、我慢の限界になった須佐が試合に介入する。ソフト今井にスクールボーイを決めてダウンさせ、代わって入った玉川勝巳レフェリーのカウントで勝利してREINA残留を決めた[18]

2015年JWPへ入団し、須佐えりから改名した瑛凛と組んで「JWPタッグリーグ・ザ・ベスト」に参戦した。

2015年3月8日にスターダムの新木場大会へ来場し、古巣マット参戦が発表された[19]

喘息が悪化し、2016年5月29日のスターダム新木場大会を最後に当面の間プロレスを休業した。

2017年にプロレスへ復帰した。5月31日にDDTプロレスリング傘下のガンバレ☆プロレス女子部門のガンバレ☆女子プロレスで、生え抜き女子プロレスラー第1号としてリングネームHARUKAZEのマスクウーマンがデビューした。春一番の技名で使用するスタンド式腕固め、グラウンド状態で繰り出す腕ひしぎ十字固め、スピアーなどの技を得意技とし、試合後に代表の大家健からしばしば気迫のエールを送られる。HARUKAZEは“実は加藤とは双子であり、生き別れた妹”とされているが[4]、「正体は加藤悠ではないか?」と噂が一部のファンやプロレス関係者に広まった[要出典]

「プロレスラーとして主張するタイプではなく、キャラが薄いので、そこを変えたかった」ために前へ出る芸人に憧れ、ワタナベコメディスクール28期生として入学した。スクール時代はバラエティタレントコースでピンネタをやっていたが本来はコンビが志望で、HENHEN事変を解散直後の「おおのまりあ」がTwitterで相方を募集するツイートを見かけて応募した。加藤の真剣さにおおのが応えて2019年6月1日にお笑いコンビネバーギブアップを結成し、ここでも別名義のHARUKAZEで活動している[20]。ネバーギブアップとしてのライブ初出演は、2019年5月31日『勝手に漫才GP』[21][22]である。2020年からライジング・アップ2nd Teamに所属した。

芸人になってから、プロレスラーではそれまでしたことが無かったマイクパフォーマンスをするようになったことなど、変化があった[22]

2021年3月3日の「スターダム10周年記念~ALLSTAR DREAM CINDERELLA~」日本武道館大会でオールスター・ランブルに出場し、約8年ぶりで「はるか悠梨」としてリングに上がった[23]

2023年12月30日にお笑いコンビ「ネバーギブアップ」の解散を発表したが、芸人活動は続ける[24]

もう一度お笑いの勉強をするために2024年4月からNSC(吉本総合芸能学院)へ入学した[25]

2025年5月5日の横浜ラジアントホール大会を終えてからプロレスラー活動を一時休業する。父親が経営する会社に勤務するため、プロレス活動と両立が困難となった。ガンバレ☆プロレスは、日程の都合がつく限りスタッフとして参加を予定[26]する。芸人として4月1日から吉本興業に所属することを発表[27]した。

得意技

飛びつき腕十字固め
風香直伝。
マック
変形飛び付き式エビ固め。

入場曲

タイトル歴

DDTプロレスリング
  • GWC認定6人タッグ王座

人物

メディア出演

テレビ

ラジオ

  • 清水節子のムーンナイトトーク(ラジオ日本 毎週水曜日 22時15分 - 22時30分) ゲストとして不定期に出演。

ラウンドガール

雑誌

DVD

  • 加藤悠 ハルカワ!(2013年8月30日、グラッソ)
  • 悠なる挑戦!あなたのハートに腕十字 ハルカワリターンズ 悠やります!!(2014年3月28日、グラッソ)

脚注

関連項目

外部リンク

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