味鋺
名古屋市北区の大字
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地理
名古屋市北区の北部に位置する。本項目で解説する楠町大字味鋺は町名整理により大部分が他の町名に編入されたため、庄内川・新地蔵川・八田川の河川及び河川敷部分にのみ存在する。
字一覧
楠町大字味鋺の小字は以下の通り[1][2][WEB 2]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 県キ(あがたき) | 県木(あがたぎ)[注釈 1] |
| 荒原(あらはら)[注釈 2] | 石田(いしだ)[注釈 3] |
| 伊勢山(いせやま) | 一ノ曽(いちのそ) |
| 井戸尻(いどじり) | 井之元(いのもと)[注釈 4] |
| 茨道(いばらどう) | 岩屋堂(いわやどう)[注釈 5] |
| 兎(うさぎ)[注釈 6] | 大塚裏(おおつかうら)[注釈 7] |
| 大塚前(おおつかまえ)[注釈 8] | 落合(おちあい) |
| 御手作(おてさく)[注釈 9] | 御林(おはやし)[注釈 10] |
| 街道(かいどう)[注釈 11] | 鏡池(かがみいけ)[注釈 12] |
| 加勢(かせ)[注釈 13] | 北荒原(きたあわら)[注釈 14] |
| 北石田(きたいしだ)[注釈 15] | 北街道(きたかいどう)[注釈 16] |
| 北加勢(きたかせ) | 北合戸(きたごうど) |
| 北嵯峨(きたさが)[注釈 17] | 北斎宮司(きたしゃぐし)[注釈 18] |
| 北中田(きたなかた) | 狐塚(きつねづか)[注釈 19] |
| 北船ノ前(きたふねのまえ)[注釈 20] | 北部田見(きたへたみ) |
| 合戸(ごうど)[注釈 21] | 嵯峨(さが)[注釈 22] |
| 四反田(したんた) | 志水田(しみずた) |
| 斎宮司(しゃぐし)[注釈 23] | 新伊勢山(しんいせやま)[注釈 24] |
| 神出(じんで) | 新西脇(しんにしわき)[注釈 25] |
| 新山(しんやま)[注釈 26] | 善ヶ坊(ぜんがぼう) |
| 外畑(そとはた) | 竹鼻(たけはな)[注釈 27] |
| 竹ケ鼻(たけがはな) | 天神(てんじん)[注釈 28] |
| 天道(てんどう) | 堂ず前(どうずまえ)[注釈 29] |
| 堂ノ前(どうのまえ) | 栃ノ木(とちのき)[注釈 30] |
| 中田(なかた)[注釈 31] | 名栗(なぐり) |
| 生棚(なまだな) | 浪打(なみうち) |
| 西御手作(にしおてさく) | 西街道(にしかいどう)[注釈 32] |
| 西鏡池(にしかがみいけ)[注釈 33] | 西合戸(にしごうど)[注釈 34] |
| 西斎宮司(にししゃぐし)[注釈 35] | 西竹鼻(にしたけはな)[注釈 36] |
| 西天道(にしてんどう)[注釈 37] | 西堂ス前(にしどうすまえ) |
| 西堂ず前(にしどうずまえ)[注釈 38] | 西山畑(にしやまはた)[注釈 39] |
| 西除外(にしよけそと) | 西脇(にしわき)[注釈 40] |
| 野間(のま) | 八尻(はちじり) |
| 東御手作(ひがしおてさく) | 東堂ス前(ひかしどうすまえ) |
| 東堂ず前(ひがしどうずまえ)[注釈 41] | 東山畑(ひがしやまはた)[注釈 42] |
| 東除外(ひかしよけそと) | 舟の前(ふなのまえ)[注釈 43] |
| 船原(ふなはら)[注釈 44] | 部田見(へたみ)[注釈 45] |
| 松橋(まつはし)[注釈 46] | 政所(まんどころ) |
| 南伊勢山(みなみいせやま)[注釈 47] | 南荒原(みなみあはら) |
| 南加勢(みなみかせ) | 南合戸(みなみごうど) |
| 南嵯峨(みなみさが) | 南斎宮司(みなみしゃぐし)[注釈 48] |
| 南堂の前(みなみどうのまえ)[注釈 49] | 南中田(みなみなかた) |
| 南船ノ前(みなみふねのまえ)[注釈 50] | 南部田見(みなみへたみ) |
| 南山(みなみやま) | 冥加(みょうが) |
| 除外(よがい)[注釈 51] | 六反田(ろくたんだ) |
河川
歴史
町名の由来
江戸期の春日井郡味鋺村を前身とする。古代から中世にかけてしばしば「味鏡」と表記されていたが、江戸期には味鋺村に定められた[3][4]。『尾張志』など江戸期の地誌では「味鏡」は「味鋺」の誤字であるとしているが、中世以前の史料では大半が「味鏡」と表記している[3]。
地名は平安期から確認でき、『延喜式神名帳』に「春部郡...味鋺神社」とあるのが古い[5]。『延喜式神名帳』の訓が付されている写本では、味鋺を「ミマリ」と読んでいる[5]。1143年(康治2年)付『尾張国安食荘立券文』には、春部郡安食荘の里名として「味鏡里」とある[3]。鎌倉期の史料には国衙領としての「味鏡郷」が見えるが、後に大徳寺領となり「味鏡庄」とも呼ばれた[3]。
由来については諸説ある。一説に当地にある味鋺神社に祀られている宇麻志麻治命に由来するという[WEB 3][6]。この他に、「悪地間」の転で湿地帯に由来するという説や百済系渡来人が残した地名という説がある[WEB 4][WEB 5]。
行政区画の変遷
- 時期不詳(江戸時代) - 一部が味鋺新田村(味鋺原新田村、後の味美村)として分立[3]。
- 1875年(明治9年) - 一部(中新田・申新田)を味鋺原新田村へ編入[3]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制に基づく西春日井郡味鋺村が成立[7]。
- 1906年(明治39年)7月16日 - 合併に伴い、楠村大字味鋺となる[7]。
- 1955年(昭和30年)10月1日 - 西春日井郡楠村が名古屋市北区に編入されたことにより、同区楠町大字味鋺となる[7][8]。
- 1978年(昭和53年)8月27日 - 楠町大字如意の一部を編入、一部が西味鋺一~五丁目・池花町・三軒町・五反田町・落合町となる[7][9]。
- 1990年(平成2年)10月15日 - 一部が楠味鋺一~五丁目・中味鋺一~三丁目となる[7]。
- 1991年(平成3年)10月14日 - 一部が楠一~五丁目・東味鋺一~三丁目となる[10]。
出来事
- 1887年(明治20年)4月 - 味鋺学校は如意学校と合併し、西春日井郡尋常小学如意学校となり、味鋺村から学校がなくなる[11]。
- 1888年(明治21年)7月 - 学校が遠隔地となったことで通学者が減ってしまったため、改めて味鋺村に如意学校味鋺分校が置かれ、味鋺村および味鋺原村の児童を受け入れた[11]。
- 1892年(明治25年)8月 - 如意学校味鋺分校が味鋺村立味鋺尋常小学校となる[12]。
- 1950年(昭和25年)〜1953年(昭和28年) - 愛知県により、味鋺住宅(木造20戸)が整備される[13]。
- 1953年(昭和28年) - 愛知県により、味鋺東住宅(簡易耐火構造二階建て50戸)が整備される[13]。
- 1955年(昭和30年)〜1956年(昭和31年) - 名古屋市により、あじま住宅(木造422戸)および、あじま荘(簡易耐火構造500戸)が整備される[14]。
- 1959年(昭和34年) - 名古屋市により、南あじま荘(簡易耐火構造75戸)が整備される[14]。これは、同年9月の伊勢湾台風災害公営住宅であった[15]。
- 1961年(昭和36年)9月 - 名古屋市立楠小学校より同味鋺小学校が分離独立する[16]。
- 1972年(昭和47年)4月 - 名古屋市立味鋺小学校より、同西味鋺小学校が分離独立する[17]。
- 1975年(昭和50年)〜1976年(昭和51年) - 愛知県により味鋺住宅が建て替えられ、中層耐火構造40戸に生まれ変わる[18]。
- 1977年(昭和52年) - 愛知県により味鋺東住宅が建て替えられ、中層耐火構造52戸に生まれ変わる[18]。また、同年4月には名古屋市立楠中学校より同北中学校が分離独立する[17]。
- 1981年(昭和56年)〜1983年(昭和58年) - 名古屋市により西あじま荘の建て替えが行われ、中層耐火構造126戸、高層耐火構造338戸に生まれ変わる[18]。
- 1980年(昭和55年) - 名古屋市により北あじま荘(高層耐火構造63戸)が整備される[18]。
- 1982年(昭和57年)1月12日 - 楠町味鋺字加勢に楠地区会館が開館する[19]。
- 1985年(昭和60年) - 名古屋市により東あじま荘(中層耐火構造16戸、高層耐火構造55戸)が整備される[20]。
- 1985年(昭和60年)〜1986年(昭和61年) - 名古屋市により、西あじま荘が建て替えられ、中層耐火構造192戸、高層耐火構造143戸に生まれ変わる[20]。
- 1987年(昭和62年)3月 - 西味鋺コミュニティセンターが開館[19]。
- 1987年(昭和62年)〜1990年(平成2年) - 名古屋市により、中あじま荘が建て替えられ、中層耐火構造328戸、高層耐火構造355戸に生まれ変わる[20]。
- 1990年(平成2年) - 名古屋市により南あじま荘が建て替えられ、高層耐火構造82戸に生まれ変わる[20]。
施設
味鋺地区
名古屋市北区楠町大字味鋺付近の広域地名[WEB 7][WEB 8]。この地域には味鋺古墳群がかつてあり、100基以上あったとされているが、現在は全て消失している[WEB 7]。
施設
- 公民館
- 楠地区会館(楠味鋺三丁目)
- 警察署・交番
- 味鋺交番(楠味鋺三丁目)
- 郵便局
- 名古屋楠郵便局(楠味鋺五丁目)
- 味鋺郵便局(中味鋺三丁目)
- 金融機関
- 緑地
- 水分橋東緑地(楠町大字味鋺)
- 教育
- 幼稚園
- 名古屋楠幼稚園(西味鋺三丁目)
- 小学校
- 名古屋市立味鋺小学校(楠味鋺三丁目)
- 名古屋市立西味鋺小学校(西味鋺二丁目)
- 中学校
- 名古屋市立北中学校(中味鋺二丁目)


