中味鋺
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歴史
世帯数と人口
2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 中味鋺一丁目 | 515世帯 | 1,127人 |
| 中味鋺二丁目 | 448世帯 | 1,074人 |
| 中味鋺三丁目 | 873世帯 | 1,943人 |
| 計 | 1,836世帯 | 4,144人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
| 1995年(平成7年) | 4,031人 | [WEB 5] | |
| 2000年(平成12年) | 4,140人 | [WEB 6] | |
| 2005年(平成17年) | 4,155人 | [WEB 7] | |
| 2010年(平成22年) | 4,162人 | [WEB 8] | |
| 2015年(平成27年) | 4,205人 | [WEB 9] | |
| 2020年(令和2年) | 4,053人 | [WEB 10] |
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 中味鋺一丁目 | 全域 | 名古屋市立味鋺小学校 | 名古屋市立北中学校 | 尾張学区 |
| 中味鋺二丁目 | 全域 | |||
| 中味鋺三丁目 | 全域 |
施設
中味鋺一丁目
- 専光寺
- 西八龍社
- 元無格社[3]。祭神として高竜神を祀る[3]。創立については未詳[3]。『名古屋市楠町誌』によれば、承平年間の朱雀天皇在位時期の創立の伝承があるという[3]。雷除けもしくは日乞いの神社として知られる[3]。庄内川堤防の改修に伴う立ち退きにより、1950年(昭和25年)に北側約30間移築されている[4]。このとき、県職員は祟りを恐れ、氏子総代に依頼して工事が行われたという[4]。例祭は旧暦では6月28日であったが、第二次世界大戦後は新暦の7月28日に挙行されるようになった[4]。
- 名古屋市営南あじま荘
- 南味鋺遊園地
- 忠魂社
- 専光寺
- 市営南あじま荘
- 西八龍社
- 南味鋺遊園地
- 忠魂社
中味鋺二丁目
- 名古屋市立北中学校
中味鋺三丁目
- ザ・ビッグエクスプレス味鋺店
- あいち銀行(旧:愛知銀行)楠町支店・豊山支店
- 市営中あじま荘



