巴金
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四川省成都市の代々官吏を務める名家の三男として生まれる[2]。
1919年、五・四運動に参加し、パクーニンやクロポトキンらのアナーキズムの影響を受けた[1]。 1923年4月、次兄と共に上海に出て中学に入学したが[2]、同年12月南京の東南大学附属中学校に転学する[2]。 1925年同中学校を卒業後、北京大学入学を目指すが健康上の理由で実現しなかった[2]。1927年フランスに留学する[2]。1929年、フランスから帰国し、作家としての活動を始める[2]。1934年、来日のさいには、横浜高商の武田武雄宅に滞在し、武田一家との交流は小説やエッセイに残している。
代表作に、長編小説『寒い夜』『火』など[4]。特に長編小説『激流三部曲-家・春・秋』『愛情三部曲-霧・雨・電』は文学的評価が高く、巴金の中国文壇での地位を不動のものにした。
文化大革命で失脚するが[1]、1978年末から1986年にかけて「随想録」全150篇を自分の「遺言」として執筆し、その中で文化大革命を起こした中国の社会・思想状況や自らの思想的弱点を深く内省した。
1981年には「現代文学館」の設立を提唱し、それは1985年に国立の「中国現代文学館」として北京で開設された[要出典]。1986年には「“文革”博物館」の建設も提唱した[要出典]。