15cm K(E)列車砲
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| 15cm K(E)列車砲 | |
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| 種類 | 列車砲 |
| 原開発国 |
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| 運用史 | |
| 配備先 |
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| 関連戦争・紛争 | 第二次世界大戦 |
| 開発史 | |
| 開発者 | クルップ[1] |
| 開発期間 | 1936年 - [2] |
| 製造業者 | クルップ[1] |
| 製造期間 | 1937年 - 1938年[1][3] |
| 諸元 | |
| 重量 | 74,000 kg(据付時)[1] |
| 銃身長 | 5.96 m(40口径)[1] |
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| 口径 |
149.1 mm(5、7、8番砲)[1] 149.3 mm(23番砲)[1] |
| 仰角 | 0 - 45°[1] |
| 旋回角 | 360°[1] |
| 発射速度 | 3発/分[1] |
| 初速 | 805m/秒[1] |
| 最大射程 | 22,500 m[1] |
15cm K(E)列車砲(ドイツ語: 15cm Kanone in Eisenbahnlafette)は、第二次世界大戦時にドイツで運用されていた列車砲。
ドイツは第一次世界大戦で敗戦し、ヴェルサイユ条約により軍備を厳しく制限されていたが、それでも細々と列車砲の理論研究を続けていた[2]。やがて、1934年に再軍備宣言が行われると、ドイツ陸軍では各種の列車砲開発が本格的に開始された[2][3]。開発計画は、基礎研究から長い時間をかけて行う長期計画と、再軍備にあわせて迅速に開発する緊急計画に分かれており、本砲はこのうち1936年に始まった緊急計画(ゾフォルト・プログラム。短期計画とも)によって開発されたものである[2][3]。
開発と製造はクルップ社が担当した[2][3]。1937年から1938年にかけて生産されたが、列車砲としては小口径だったため少数の生産に終わった[1]。生産数には諸説あり、資料により4門[4]、10門[2]、18門[1][3]などばらつきがある。