ハリファックス卿率いるウッド調査団(Wood Commission)は「人民が何らかの政治的発展に適するかを確かめる」べく、1922年にカリブ海のイギリス領諸島を歴訪した[1]。セントルシアの代表は調査団にアピールして、代議政府協会(Representative Government Association)という政治改革キャンペーンのための協会も設立された。協会はコロンバス広場(Columbus Square)で意見交換会を開催、ルイス・マクヴェーン(Louis McVane)がそこで協会のマニフェストを読み上げた後ハリファックス卿の前でそれを再び発表した[1]。
1924年、部分的に選挙で代議士を選出する立法院を成立する特許状が発された[1]。