AB 43 (装甲車)

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種類 装輪装甲車
原開発国 イタリア王国の旗 イタリア王国
製造期間 1944 - 1945年[1]
製造数 102両[1]
AB43
種類 装輪装甲車
原開発国 イタリア王国の旗 イタリア王国
開発史
製造期間 1944 - 1945年[1]
製造数 102両[1]
諸元
重量 7.5 t[2]
全長 5.26 m[2]
全幅 2.34 m[2]
全高 2.41 m[2]
要員数 4名[2]

装甲 22 mm(最大)[2]
主兵装
  • 40口径47mm砲[3]
  • ブレダM35 20mm機関砲[3]
副兵装 8mm機関銃[2]
速度 90 km/h[2]
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AB 43イタリア語: AutoBlinda 43)は、第二次世界大戦中にイタリアで量産された装輪装甲車である[3]イタリア軍で制式採用されていたAB 41装輪装甲車の改良型で、1943年に試作車が完成した[1]イタリア降伏後にドイツ国防軍によって310両が発注されたが、実際に引き渡されたのは計102両であった[1]。ドイツ国防軍のほか、イタリア社会共和国軍向けにも生産されている[2]

イタリア軍による当初の計画はAB 41装輪装甲車の武装強化を目的としたもので、AB 41が装備していた20ミリ機関砲に代えて、M15/42中戦車と同型の40口径47ミリ砲を装備する車両であった[3][1]。試作車は1943年5月に完成している[1]

1943年9月のイタリア降伏には間に合わなかったが、降伏後も開発はドイツ国防軍によって引き継がれた[3][1]。ドイツ国防軍は本車に「Pz.Sp.Wg. AB43 203(i)」との名称を付与し量産を決定、1944年に47ミリ砲搭載型70両と20ミリ機関砲搭載型240両の計310両を発注した[1]。ただし、終戦までの完成数は102両(1944年に60両、1945年に42両)で、数両を除いてほとんどが20ミリ機関砲搭載型であった[3][1][注釈 1]。また、ドイツ製の42口径50ミリ砲を搭載する計画もあったが、実現には至らなかった[1]

設計

正面(20ミリ機関砲搭載型)

試作車では、車体はAB 41の側面を垂直にしたような形状であったが、生産数の大半を占める20ミリ機関砲搭載の量産車ではAB 41とほぼ同型となった[1]。AB 41と比較すると、車体前部の燃料タンクが廃止され、後部に煙幕発生装置が装備された点などに違いがある[1]。また、生産途中で車体後部機銃の廃止やブレーキの改良が行われた[1]

砲塔は全周旋回式で、20ミリ機関砲搭載型ではAB 41の改良型であるAB 42が搭載していたものとほぼ同型の砲塔が搭載されており、上面ハッチが両開き式になっている点に違いがある[1]。原型のAB 41の砲塔と比べると形状はやや扁平かつ幅広で、小型化された防盾を装備していた[1]。搭載砲自体はAB 41やAB 42と同型のブレダM35であった[3][1]。いっぽう47ミリ砲搭載型では、新型の砲塔が搭載されていた[1]

エンジンについては資料によって記述が異なり、AB 42が搭載していたものと同型のフィアット社製Abm2型6気筒ガソリンエンジンを搭載しているとするもの[1]と、新型のAbm3型を搭載しているとするもの[3]がある。

運用

ドイツ国防軍と、イタリア社会共和国軍向けに生産された[2]。イタリア社会共和国軍では、1943年10月に編成された「レオネッサ」機甲編成団の装備車両として名前が挙げられている[4]

第二次世界大戦後も、少数が警察で使用されている[2]

保存車両

脚注

関連項目

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