BT・テーブス
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| アイシン ウィングス | |
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| 役職 | ヘッドコーチ |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1966年2月18日(59歳) |
| 出身地 | マニトバ州ウィニペグ |
| キャリア情報 | |
| 大学 | ウィニペグ大学 |
| ポジション | SG |
| 経歴 | |
| 選手時代: | |
| 不明 | ATHLETES IN ACTION |
| 1990-1992 | 黒田電気ブリット・スピリッツ |
| 不明 | ウィニペグ・サンダー |
| 1995-1996 | スタイナー・バイロイト |
| コーチ時代: | |
| 1996-1997 | ウィニペグ大学 AC |
| 2004-2010 | カナディアン・アカデミー高校 |
| 2011-2013 | 兵庫ストークス |
| 2013-2014 | 富士通レッドウェーブ AHC |
| 2014-2016 | 富士通レッドウェーブ |
| 2016-2017 | サンロッカーズ渋谷 |
| 2017-2018 | 富山グラウジーズ AC |
| 2018-2025 | 富士通レッドウェーブ |
| 2025- | アイシン ウィングス |
BT・テーブス(BT Toews, 1966年2月18日 - )は、カナダの元バスケットボール選手で現在は指導者。ウィニペグ出身。現役時代のポジションはシューティングガード。Wリーグのアイシン ウィングスでヘッドコーチを務める。本名はバーク・テーブス(Burke Toews)。
選手としてはツアーチームを経て日本、カナダ、ドイツでプレイする。指導者としては2011年より兵庫ストークスの指揮をとり、2012-13シーズンにJBL2で優勝する。その後富士通レッドウェーブにアソシエイトコーチとして入団し、2014年よりヘッドコーチに昇格。ヘッドコーチを務めた2シーズンはいずれも決勝戦まで進出した。
名前の"BT"は、本名であるBurke Toewsを略したものである[1]。
選手として
ウィニペグ大学卒業後、プロを目指す選手たちが各地に遠征して試合を行うツアーチームのアスリート・イン・アクションに加入した。1990年から2年間は日本の実業団チーム、黒田電気ブリット・スピリッツでプレー。その後カナダのウィニペグ・サンダーに所属する。この時、ウィニペグ・サンダーのヘッドコーチだったヘンリー・ビビーに指導者への転身を薦められるが、テーブスは選手生活を続けドイツのスタイナー・バイロイトでプレイ。ドイツではプレイングコーチとしてユースチームの指導も兼務した。1996年に引退し、指導者を目指す[1]。
指導者として
カナダに戻ったテーブスは1996年から母校ウィニペグ大学のアシスタントコーチに就任し、コーチングを学ぶ。翌年には日本人の女性と結婚し神戸市に移住、2005年から12年まで神戸市のカナディアン・アカデミーの教員として同校のバスケット部を指導、2011年からは教員を務めながらJBL2・兵庫ストークスのヘッドコーチを務めた。ストークスでは2012-13シーズンに優勝し、チームをJBL昇格に導いた。
2013年に富士通レッドウェーブのアソシエイトヘッドコーチに就任し、ヘッドコーチの薮内夏美を補佐。2014年には薮内の退任に伴いヘッドコーチに昇格した。テーブスが指揮した2014-15、2015-16の2シーズンはファイナルに進出したが、いずれもJX-ENEOSサンフラワーズに敗れ準優勝に終わった。
2016年、サンロッカーズ渋谷のヘッドコーチに就任[2][3]、レギュラーシーズンを32勝28敗の地区3位で終え、プレーオフに進出。プレーオフでは初戦で川崎ブレイブサンダースに敗れた。シーズン終了後、テーブスはヘッドコーチを退任した[4]。
2017年7月、富山グラウジーズのアシスタントコーチに就任[5]。
2018年6月退任、同月富士通レッドウェーブのヘッドコーチに復帰する[6]。2023-24と2024-25の2シーズンで連覇に導いた。
2025年5月14日、契約満了により退任[7]。
2025年6月23日、アイシン ウィングスのディレクターに就任した[8][9]。同年11月6日にヘッドコーチに配置転換となった[10]。