Chori
日本の詩人 (1984-2024)
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経歴
茶道裏千家の千宗之・容子夫妻の第1子(長男)として、京都府に生まれる。京都精華大学卒業。6歳のころより茶道の稽古を始めるも、茶人を継ぐ道を選ばず、中学生のころより詩人として活動を開始する。2005年(平成17年)、第一回「詩学」最優秀新人賞受賞。2006年(平成18年)、狂言師茂山童司(現三世茂山千之丞)パフォーマンスユニット「chori/童司」を結成。京都を拠点に公演を重ね、2008年(平成20年)には、ヨーロッパツアー(フランス・パリ、イタリア・フィレンツェ、ローマ、ブレーシャ)を公演。
2014年(平成26年)12月9日、戸籍名「菊地 明史(きくち あきふみ)」として、独立(分家)した[3]。分家後も実家の千家との家族仲は良好であり、交流は続いた[4]。2024年(令和6年)8月20日、肺炎による急性呼吸不全で死去。39歳没[1][2]。父の千宗室は長男の訃報に際し、「選んだ道半ばでの逝去となりました。しかし、それでも多くの若い方が望むものを見つけ難いこの世の中で、夢見た世界を進めたことは明史には幸せなことだったと思います。」とのコメントを発表した[4]。同年11月20日、べストアルバム『ちょりびゅーと』をリリース。
家族・親族
母は、三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第2女子・千容子(容子内親王)、父は、茶道裏千家第16代家元・千宗室である。
また、妹は、葵祭・第54代斎王代を務めた阪田万紀子(阪田修三の長男で医師の阪田宗弘夫人)[5][6][7]、弟は、茶道裏千家次期家元の千敬史(若宗匠・千宗史)である。
第124代天皇・昭和天皇の大甥、第125代天皇・明仁(上皇)と常陸宮正仁親王の従甥、第126代天皇・徳仁(今上天皇)と秋篠宮文仁親王および黒田清子(紀宮清子内親王)の再従弟にあたる。父方の祖父に茶道裏千家第15代家元千玄室。また、父方の従弟に伊住公一朗と伊住禮次朗、母方の従姉妹に三笠宮家の彬子女王と瑶子女王、高円宮家の承子女王と千家典子(典子女王)および守谷絢子(絢子女王)らがいる。
系譜
ディスコグラフィー
| 2006年4月 | REDEMPTION | 自主版 | アルバム |
| 2007年2月 | 維新 | 自主版 | シングル |
| 12月 | 帰り道のはて | 自主版 | アルバム |
| 2009年6月 | 地図をつくる | 自主版 | アルバム |
| 2011年5月 | 夏の前日 | 自主版 | シングル |
| 2012年2月 | 短篇集 | 自主版 | シングル |
| 8月 | 祝福のおわった夜に | wonderground music | アルバム |
| 2013年8月 | 鈴木さん/僕たちはなんだか忘れてしまうね | 自主版 | シングル |
| 2014年2月 | ヒーローの愛し方 | 自主版 | EP |
| 2016年 | ししょうせつ | 自主版 | アルバム |
| なとつみ | 自主版 | アルバム |