1984年(昭和59年)12月6日、三笠宮崇仁親王の第三皇子である憲仁親王を初代として、親王と鳥取久子との婚姻にあわせて創設された。戦後初となる宮家から分かれた宮家であった。
宮号は昭和天皇から賜ったもので[1]、父宮の宮号の由来となった奈良市東部の三笠山の近くにある高円山から採られた。これは、宮号は皇室とゆかりのある山・寺などから取るという慣例からである。
初代当主の憲仁親王が2002年(平成14年)11月に心室細胞による重度の心不全の為突如として薨去。その後、同妃の久子が2代目の当主に就任した。
憲仁親王に男子がいないことから、断絶見込み。