Cry For The Moon (浜田麻里の曲)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 「Cry For The Moon」 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 浜田麻里 の シングル | |||||||
| 初出アルバム『Anti-Heroine』 | |||||||
| B面 | Anti-Heroine | ||||||
| リリース | |||||||
| 規格 | 8cmCD | ||||||
| ジャンル | |||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル | MCAビクター | ||||||
| 作詞 | 浜田麻里 | ||||||
| 作曲 | 大槻啓之 | ||||||
| プロデュース | MARC TANNER | ||||||
| チャート最高順位 | |||||||
| 浜田麻里 シングル 年表 | |||||||
| |||||||
| |||||||
「Cry For The Moon」(クライ・フォー・ザ・ムーン)は、浜田麻里の15枚目のシングル。MCAビクターから1993年1月27日に発売された。
表題曲の「Cry For The Moon」は、関西テレビ・フジテレビ系『七つの離婚サスペンス』の主題歌[注釈 1][1]、カップリング曲の「Anti-Heroine」は、MBS系『地球ZIG ZAG』のエンディング・テーマとしてそれぞれ使用された。
8枚目のアルバム『LOVE NEVER TURNS AGAINST』(1988年)からサウンドプロデュースしたグレッグ・エドワードに対し、レコーディングに関するいざこざが深刻化したため、浜田は嫌気を差し、12枚目のアルバム『TOMORROW』(1991年)を最後に、グレッグによるプロデュースが終了したと同時に、MCAビクターへの移籍ともに日本をメインとしつつも世界視野での発表を念頭に置き始めたことも要因となり、MCAの紹介でアメリカのロックバンドであるマーク・タナー・バンドのマーク・タナーが担当することになったことで、環境はすごく変わったという[4]。また、当時浜田はMCAビクターの中で唯一の邦楽アーティストで、自身の売り上げがレーベルの行く末を左右する状況だったため、「会社を挙げて私をバックアップしてくれていましたので、感謝とともに大きなプレッシャーも感じ、背負っていましたね。マークのパーソナリティに関しては良いイメージはないですが、彼の曲の作り方も含めて、今の私のやり方の一端はそこにあるのかもしれないなとすら思うんです」と懐古している[4]。
表題曲とカップリング曲も含め、アルバム『Anti-Heroine』(1993年)に収録されている楽曲で、タイアップ曲が5曲収録されており、浜田は「一般的な部分で言えば、やっと成功しているアーティストに片足をつっ込めた感じはあったかもしれません」としたうえで、「私の場合、作品に対する満足度が高いことは絶対的に必要で、それが活動のベースになってるんですよね。どうしてもファンの方々はライブ、ライブってなるんですけど、私は子供の頃のレコーディング畑からキャリアが始まっているので、まずレコーディングありきなところがあります。ライブとして歌うのは、そこから派生するものという感覚なんです」としながらも「その辺りの感覚はファンのみなさんと若干乖離があることを、ずっと感じてきました」と語っている[4]。しかしながら、コアなファン以外は「Return to Myself」(1989年)の印象が強く、2023年現在でもテレビ番組に呼ばれる際「『Return to Myself』を歌ってください」という依頼が一番多いという。その影響で『Anti-Heroine』と前作『TOMORROW』の方がセールス的に成功しているものの「『浜田麻里って見なくなったね』『売れなくなってフェードアウトしたんだね』みたいな印象を持ってたと思う」と懐古しているが、チケットは即完で、1993年6月18日に日本武道館ライブも開催している[4]。
収録曲
| 全作詞: 浜田麻里。 | ||||
| # | タイトル | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|
| 1. | 「Cry For The Moon」 | 大槻啓之 |
| |
| 2. | 「Anti-Heroine」 | 羽田一郎 |
| |
合計時間: | ||||