ITV News at Ten

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別名 News at Ten
ジャンル ニュース時事問題英語版
声の出演 ゲイアン・ポッター(Gayanne Potter、イントロ)
ITV News at Ten
別名 News at Ten
ジャンル ニュース時事問題英語版
司会者
声の出演 ゲイアン・ポッター(Gayanne Potter、イントロ)
テーマ曲作者
オープニング 「Global Broadcast」
国・地域 イギリスの旗 イギリス
言語 英語
各話の長さ 30分
製作
撮影地 イングランドロンドンITN本社
撮影体制 マルチカメラ英語版
編集
  • ローラ・ウィルショー(Laura Wilshaw[1](番組編集長)
  • レイチェル・コープ(Rachel Corp[2](ITVニュース編集長)
製作 ITN
放送
放送チャンネルITV
放送期間1967年7月3日 (1967-07-03)[3] - 1999年3月5日 (1999-3-5)
2001年1月22日 (2001-01-22) - 2004年1月30日 (2004-1-30)
2008年1月14日 (2008-01-14) - - 放送中
公式ウェブサイト
番組年表
関連番組
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ITV News at Ten』(一般的には『News at Ten』として知られる)は、イギリスのテレビネットワークITVの看板となる夜のニュース番組であり、ITNによって制作され、ニュース編集長ジェフリー・コックス英語版により1967年7月3日に創設された[3][4]。本番組は、イギリスで初めて恒常的に放送された30分間のニュース番組であった。当初は、その長さが視聴者に敬遠されるのではないかとの懸念から、僅か13週間の予定で編成されていたが[5]、実際には視聴者から非常に高い人気を得て、ITVの番組編成における定番番組となった。

踏み込んだ分析的なニュース報道と大衆向けの話題を巧みに組み合わせた構成によって人気を高めた[6]。また、オープニングでニュースのヘッドラインを区切るためにビッグ・ベンの鐘の音(チャイム)を使用したことでも知られている。同時にこの番組は、アラステア・バーネット英語版アンドリュー・ガードナー英語版レジナルド・ボサンケット英語版サンディ・ゴール英語版アンナ・フォード英語版ジョン・スーシェ英語版マーク・オースティン英語版アラステア・スチュワート英語版トレバー・マクドナルド英語版といったニュースキャスターを広く知られたテレビの著名人へと押し上げる役割も果たした。

1999年、プライムタイムの娯楽番組を中断なく放送するため打ち切られたが、これに対して世論の強い反発が起こった。その後、ITVは不本意ながら2001年に番組を『ITV News at Ten』の名称で復活させ、週に最低3日、22:00に放送したが、最終的には2004年に『ITV News at 10.30英語版』へと置き換えられた。『News at Ten』がITVの番組編成に正式に復帰したのは、2008年1月になってからのことである。2015年以降、トム・ブラッドビー英語版がメインキャスターを務めている。

1980年代には、番組にちなんだボードゲームも発売されている。

1967年~1999年:第一期

ITNは、1955年9月にITVが開局して以来、同局のニュース供給元となっていた。ITNによるニュース更新は、通常最大でも14分間程度で、決まった放送時間は設けられていなかった[7]1956年に着任して以来、ITNの編集長ジェフリー・コックスは、主要ニュースをより詳しく報道・分析するために、ITNが少なくとも1本は十分な長さを持つニュース番組を提供すべきだと、独立テレビジョン公社英語版(ITA)に対して一貫して主張してきた。ITV側は、30分間の夜のニュース番組という案に反対し、そのような長さのニュース番組はプライムタイムの娯楽番組の枠を圧迫し、視聴者をチャンネルから遠ざけてしまうと主張した。しかし1967年、ITAはコックスの要望を認めた。ITV各局は渋々ながらも、提案されたニュース番組(平日月曜から金曜までの放送で、22:00に固定)について、その成功を試すため13週間の試験放送を行うことに同意した[8]

『News at Ten』は、コックスの編集指揮のもと[5]1967年7月3日に放送を開始した[3]。コックスは、この新番組の目的を「スピン(偏向報道)を排除し、事実とニュースをありのままに伝えること」だと定めていた。当初はITV側の懸念が正しいようにも見えた。番組開始がニュースの少ない夏の時期、しかも比較的静かなニュース週の最中だったため、最初の数回の放送では取り上げるニュースがほとんどなかったのである[8]。しかしその後、ITNの記者アラン・ハート英語版による、コリン・ミッチェル英語版大佐率いるアーガイル・アンド・サザーランド・ハイランダーズ連隊英語版クレイター地区英語版へ再突入する様子を伝えた「アクション性の高いニュース」が放送されると状況は一変した。このリポートは当時としては前例のない5分間という長さで放送された[9][10]。その後も同様の掘り下げた特集リポートが相次ぎ、『News at Ten』はやがて毎晩700万人の固定視聴者を獲得し、ITVはこの番組を継続せざるを得なくなった。1969年までに、『News at Ten』はイギリスで初めて、週間視聴率トップ20に入ったニュース番組となった[11]1970年9月27日の週には、690万世帯が視聴し、ドラマ『コロネーション・ストリート』と並んでその週で2番目に人気のテレビ番組となった(1位は『ロンドン警視庁特捜部英語版』)[12]

この新しい30分番組の登場により、ITNはイギリスのテレビにおいて初めて、重大なニュースをより深く、より詳細に扱うことが可能になった。また同時に、視聴者の関心を引きつける大衆的な話題や問題も取り上げることができるようになった[6]。この番組は、当時は一般的ではなかったものの現在ではテレビニュースの定番となっている「リポーターパッケージ(記者による取材リポート)」を導入し[8]、さらに単独の司会者ではなく、2人のニュースキャスターが交代でニュースを読む形式を採用することで、こうした理念を発展させた。2人組の体制はテレビニュースに個性をもたらすだけでなく[6]、キャスターが画面に映っていない状態でも速報ニュースを読み上げられるという利点もあった。初代のニュースキャスターチームには、アラステア・バーネット、アンドリュー・ガードナー、レジナルド・ボサンケット、ジョージ・フィッチ英語版レナード・パーキン英語版が含まれていた[9]。『News at Ten』では、視聴者に人気となったいくつかの独特の演出も用いられた。例えば、オープニングでニュースのヘッドラインを読み上げる際に区切りとして用いられるビッグ・ベンの鐘の音(いわゆる「bongs(ボング)」)や、「…And Finally(そして最後に)」と呼ばれるコーナーである。これは、30分間のハードニュース報道のあとに、視聴者が「良い気分で眠りにつけるように」と意図された、風変わりでしばしばユーモラスな締めくくりの話題だった[13]

『News at Ten』は、国際ニュースを幅広く扱う番組として確固たる評価を築いていった[9]。外国特派員のサンディ・ゴールは、1965年ベトナム戦争の勃発を取材した最初のITN記者であり、その後も『News at Ten』向けのリポートを制作するために何度も現地へ戻った。しかし1975年サイゴン陥落の後、強制的に同国から国外退去させられた。また、マイケル・ニコルソン英語版1976年ソウェト蜂起を『News at Ten』のために詳細に報道し、その後1982年にはフォークランド紛争の取材を行った。この功績により、ニコルソンは南大西洋勲章(South Atlantic Medal英語版を授与された。やがてイギリスで最も人気のあるニュース番組となった『News at Ten』は、最終的にBBCにも影響を与え、ITNに倣って自らのニュース番組の放送時間を拡大するよう促すことになった[6]。もっとも、1977年に「放送の将来に関する委員会(Committee into the Future of Broadcasting)」をまとめたアナン卿英語版は、「ITNがBBCニュースよりも一歩先んじているという一般的な見方に、私たちも賛同する」と述べている[11]

アラステア・バーネットが1972年にITNを離れ、活字ジャーナリズムの道へ進んだため、『News at Ten』ではアンドリュー・ガードナーとレジナルド・ボサンケットがコンビを組み、番組でも特に人気の高いニュースキャスターの2人組の一つとなった[14]。1978年には、アンナ・フォード英語版が番組初の女性キャスターとなり、同じ年にバーネットも番組へ復帰した。その後10年以上にわたり、バーネットは『News at Ten』と最も強く結びつけられるニュースキャスターとなり、彼の「真面目な人物像」や「墓場のように低く響く声」、そして「相手を立てるようなインタビューのスタイル」は、番組を象徴する特徴として高く評価された[15]。しかし1980年代後半になると、ITNの取締役会メンバーであり『News at Ten』の副編集長でもあったバーネットは、視聴者との距離感を失いつつあり、番組を「重苦しく」「時代遅れ」な自己満足の状態に陥らせているのではないかという批判を受けるようになった[15]。それでも、番組は1980年代を通して、さらに次の10年に入ってもなお、安定した高い視聴率を維持し続けた。

1980年代に衛星技術が発展したことで[5]、『News at Ten』は世界各地からの生中継が可能になった。例えば1986年には、エリザベス女王の訪中に合わせて万里の長城から生放送を行った。アラステア・バーネットは、アメリカ合衆国の大統領選挙期間中に現地から『News at Ten』を担当したほか、1984年共和党民主党の全国大会の取材でも現地から伝えた。また、アラステア・スチュワートは、サウジアラビア、1989年ベルリンの壁崩壊、さらに1991年湾岸戦争の際には解放直後のクウェート市から生中継で伝えた。

アラステア・バーネットは、報道組織の将来をめぐってITV各社とたびたび衝突した後、1991年にITNを退職した[15]1992年11月、番組として初めての大規模なリニューアルを行った。これは、ここ数年にわたって寄せられていた批判に対応する狙いもあった[8]。失われていた「視聴者との親近感」を取り戻すため、それまでの2人キャスター体制を廃止し、単独キャスター制へと変更した。その結果、トレバー・マクドナルド英語版がメインキャスターとなり、後にイギリスで最もよく知られたニュースキャスターの一人となった。ジュリア・サマヴィル、ジョン・スーシェ英語版ダーモット・マーナハン英語版は、マクドナルドが不在の際に『News at Ten』を担当した。この形式は、1999年3月まで続いた。

『News at Ten』は依然として高い評価と人気を保っていたにもかかわらず、ITVは1993年、番組を打ち切る意向を発表し、代わりに18:30と23:00のピークタイムに新しいニュース番組を設ける計画を提案した。ITVはこの措置について、テレビ視聴者数の減少に歯止めをかけるとともに、映画やドラマなどの娯楽番組を中断せずに放送できるようにするためだと説明した。しかし、この計画は視聴者をはじめ、複数の国会議員、当時の首相であったジョン・メージャー、さらに国家遺産委員会(National Heritage Committee)から広く批判を受けた[16]。これに対し、独立テレビジョン委員会英語版(ITC)は、ITVが『News at Ten』を廃止する十分な根拠を示していないと判断した。同委員会は、BBCニュースの方がITNよりも視聴者減少が大きいにもかかわらず、放送時間を変更するのではなくニュース番組の内容を再編することで対応している点を指摘した[16]。最終的に、ITCがITVに対して法的措置を取る可能性を示したことを受け、この提案は撤回された。

番組の終了と23:00への移動(下記参照)が迫る中で、いくつかの案が検討された。その中には、メインのITVチャンネルで22:00に60秒間のニュース番組を放送する案や、22:00のニュース番組自体を新設予定のITV2英語版へ移す案などが含まれていた[17]

1999年~2008年:番組打ち切りと『News at When?』時代

1998年9月、ITV各社による強い働きかけを受け、ITCは、平日プライムタイムの新しいITV編成計画を最終的に審査した。この計画では、『News at Ten』と17:40の『アーリーイブニングニュース(Early Evening News)』を打ち切り、代わりに12:30、18:30、23:00のニュース番組を新設することが提案されていた。ITCは広範な視聴者調査を実施し、その結果、国民は5対3の割合で『News at Ten』の存続を望んでいることが分かった[16]。それにもかかわらず、ITCは1年間の試験期間としてITVに『News at Ten』の打ち切りを認めた。1999年3月に番組が終了したのは、ITVニュース全体の大幅な再編と時期が重なっていた。ニュースは引き続きITNが制作したが、画面上のブランドは「ITV News」へと変更された。トレバー・マクドナルドは18:30の新しい看板番組『ITVイブニングニュース(ITV Evening News)』の司会を務め、22:00には1分間のニュース要約が放送された。その後、23:00には30分間のニュース番組が放送されたが、この編成変更の結果、ITVニュース全体の視聴率は13.9%減少した[16]2000年、ITCは視聴率低下を食い止めるため、ITVに『News at Ten』の復活を命じた。これを受け、BBCはこの動きを利用し、自局の長寿番組『Nine O'Clock News英語版』を22:00へ移動させることを決定した。2001年、番組名を『ITV News at Ten』に改め、マクドナルドが再びメインキャスターとして復帰した。一方、『ITVイブニングニュース』ではダーモット・マーナハンとメアリー・ナイチンゲールの2人キャスター体制が導入され、マクドナルドの後任となった。しかし、復活した22:00のニュースは編成が場当たり的だったため、最終的には再び苦境に陥った。BBCの『Ten O'Clock News』が週6日、22:00に固定して放送されていたのに対し、『ITV News at Ten』は週3日しか放送されず、残りの日は娯楽番組が22:00を過ぎても続けて放送された。さらに、22:00に予定されていた日でも、娯楽番組が放送時間を超過することでニュースの開始が遅れることがしばしばあった。こうした不安定な編成のため、皮肉を込めて「News at When?いったい何時のニュース?)」と呼ばれるようになった[18][19]

2003年、ITVは、番組を打ち切り、代わりに平日毎晩22:30に固定して放送する『ITV News at 10:30』へ置き換えることについて、ITCから承認を得た。トレバー・マクドナルドは、2004年2月2日の番組開始から2005年12月15日に引退するまで、同番組の司会を務めた。2006年1月からは、マーク・オースティン英語版がメインキャスターとなった。

2008年〜2015年:ITV番組編成への復帰

2007年10月、ITVの会長であるマイケル・グレード英語版は、『News at Ten』の復活を発表した。これは、同年3月に「この番組を当初打ち切ったことは衝撃的な誤りであり、ITVにとって何よりも大きな損害を与えた」と述べていたことを受けたものだった[20]。同番組は2008年1月14日に元の名称で復活し、月曜日から木曜日までの22:00に放送された。金曜日夜には、23:00から『ザ・レイトニュース英語版』と題したニュース番組が放送された。復活した『News at Ten』では、再び2人キャスター体制が導入され、新たに加わったキャスターのジュリー・エチンガム英語版と、一時的に引退から復帰したトレバー・マクドナルドがコンビを組んだ。また、エチンガムとマーク・オースティンは『ザ・レイトニュース』を担当した[20][21]2009年3月には『ザ・レイトニュース』が終了し、『News at Ten』は従来どおり月曜日から金曜日まで22:00の枠で放送されるようになった。これにより、番組は「編成の中心にある一貫した放送枠」を取り戻すことになった[22]

2008年10月、トレバー・マクドナルドが、ワシントンから放送されるアメリカ大統領選挙の特別報道で『News at Ten』の司会を務めた後、同年11月に最終的に番組を引退することが発表された[23]。そして同月、後任にはマーク・オースティンが就任した。オースティンは同時に『ITV News at 6:30』の司会も担当していたが、その番組では後にアラステア・スチュワートが後任となった[24]

『News at Ten』は、22:00の時間帯から数年間外れていた影響もあり、復帰後もしばらくは高い視聴率を取り戻すのに苦戦した。2008年の復活時の視聴者数は380万人で、BBCの490万人と比べて少なかった。しかし、視聴率で時折『BBC News at 10』を上回ることもあった。例えば、BBC Oneで放送されたサッカー中継が予定時間を超えて延長された際には、22:00のITVの視聴者数が430万人に達した[25]。また、2009年2月2日に厳しい気象条件に見舞われた際には、地上波テレビのニュース番組全体の視聴率が押し上げられ、『News at Ten』は480万人に視聴された。さらに同年5月には、特別編成の『ブリテンズ・ゴット・タレント』準決勝ウィークの影響もあり、『News at Ten』はBBCを上回る視聴率を記録した。5月26日には610万人、5月28日には640万人が視聴し、後者は2003年以来で番組最高の視聴者数となった[26]

2009年11月、ロンドン以外の視聴者を疎外してしまうのではないかという懸念から、番組のオープニング映像から有名なビッグ・ベンの時計塔が取り除かれた[27]。しかしその後、2013年1月に行われたITVのさらなるリニューアルに伴い、この映像は最終的に『News at Ten』のオープニングシーケンスに再び戻された。また、2009年11月から2016年1月まで、正式には『ITV News at Ten』という名称で呼ばれていたが、画面上では単に「ITV News」と表示されていた。

2015年〜現在:評価の立て直し

ITVのニュースおよび時事番組の評価を高める取り組みの一環として[28]、『News at Ten』は数ヶ月にわたって再編・刷新された。まず2015年10月、新しいフォーマットが導入され、分析や背景説明をより重視し、より「会話的」なプレゼンテーションスタイルを採用した。新キャスターには、元ITVニュース政治担当編集長のトム・ブラッドビー英語版が就任した[29]。続いて、元BBCニュースの記者であるロバート・ペストン英語版(政治担当編集長)とアレグラ・ストラットン英語版(全国担当編集長)が起用され、両者は報道を通じて、BBCニュースの優位に挑戦するというITVの新たな方針を強調した[30]。さらに2016年1月には、スタジオセットとオープニングタイトルが刷新され、画面上の番組名も再び「News at Ten」として表示されるようになった[30]

2015年11月、22:00の両局のニュース番組の視聴率をめぐる発言をきっかけに、BBCとITVの幹部の間で緊張関係が生じていると報じられた[31]。『News at Ten』のリニューアルに先立ち、キャスターのトム・ブラッドビーはテレグラフのインタビューで、BBCニュースの影響力の大きさについて言及し、BBC Oneの22:00のニュースをITVの『News at Ten』と同時間帯に編成することは公共の利益にかなっておらず、BBCは「戦略的撤退」を行うべきだと述べた[29]。これに対し、BBCのキャスターであるヒュー・エドワーズは、Facebook上で「ITVは視聴率の創造的な扱いをやめるべきだ」と投稿した[31]。また、ITVニュースのある幹部はガーディアンに対し、「BBCの態度は、私たちを徹底的に打ちのめそうとしているようなものだ」「同局の傲慢さは非常に高いレベルに達している」と語った[31]。さらに、1995年から2001年までITVニュース編集長を務めたナイジェル・デイカー(Nigel Dacre)は、ITVが用いている「ジャンクション・マネジメント(junction management)」を批判した。これは21:00の番組を意図的に予定より長く放送し、『News at Ten』の視聴率を押し上げる手法である[32]

ITVが22:00の時間帯の視聴率を高める試みとして、2017年2月27日から『News at Ten』は8週間連続で22:30へ移動した。これは新しい娯楽番組『ザ・ナイトリー・ショー英語版』の放送枠を確保するためであった[33]。その後、同年4月24日から元の22:00の時間帯に戻された。

2017年の総選挙を前にした数週間の間、番組の放送時間が15分延長され、その結果、深夜の地域ニュースは22:45に繰り下げて放送された。

2018年1月3日、番組の生放送中に火災警報が鳴り、ITVニュースのスタッフは建物からの避難を余儀なくされた。その後、スタッフがスタジオへ戻ることを許可された時には、既に次の番組が放送されていた[34]

2024年4月26日、キャスターのラゲ・オマール英語版が番組の生放送中に体調を崩した。放送中、言葉につまずいたり、ろれつが回らない様子が聞き取れ、視聴者の間でオマールの健康状態を心配する声が広がった。その後、オマールは病院で医療処置を受け、退院後は自宅で回復に専念することとなった。また、この回の番組を時差放送する予定だったタイムシフトチャンネルのITV1 +1およびSTV +1での再放送は中止された[35][36][37]

テーマ音楽・オープニングシーケンス

『News at Ten』は、ビッグ・ベンの時計盤の映像、ニュースのヘッドラインの区切りとして鳴る「ボン」という鐘の音、そして印象的でよく知られたテーマ音楽の使用で広く知られている。これらは、50年以上にわたり様々な形にアレンジされながら受け継がれてきた[30][38]

1967年から1992年まで、『News at Ten』のオープニングとエンディングのテーマは、ジョニー・ピアソンが作曲したライブラリー音楽英語版「The Awakening」の一部をそのまま使用したシンプルなものだった。1992年には、作曲家のデイブ・ヒューソン英語版が「The Awakening」の新しい編曲を制作するために起用された。その後1995年3月以降、ヒューソンは全てのITVニュース番組向けに、この有名なテーマ曲の様々な新しいアレンジを制作している。

「The Awakening」が番組用にアレンジされていった経緯は、公式のテレビ関連書籍の中で紹介されている。ただし、その本では誤ってタイトル音楽を「Arabesque」と記している[39]

曲のタイトルは「Arabesque」で、これはジョニー・ピアソンによって作曲されたものであり、彼はその後も多くのテレビ番組のテーマ音楽を手がけることになる。この曲を使用するという決定は、実際には放送直前になってようやく下されたもので、放送開始から最初の1週間が過ぎた時点では、殆ど採用を取りやめるところだった。視聴者から「音がきつすぎる」という苦情が寄せられていたためである。そこで最初の週のうちに、ディズニーの作曲家が呼ばれ、新しいテーマ曲を書かせることになった。しかし、ITNのサウンドミキサーであるアルフィー・ウィルソン(Alfie Wilson)は、従来の曲を使い続けたいと考えていた。彼は「Arabesque」のオリジナル録音を近くの音楽スタジオに持ち込み、再ミックスを行った。つまり、原曲にあった強すぎる音の響きをやわらげるように調整したのである。『News at Ten』の放送開始から2週目の月曜日になっても、どの曲を使うかはまだ決まっていなかった。番組開始の直前、編集長のジェフリー・コックスは「当面は、今あるものを使おう」と言った。そこでアルフィーは自分がリミックスしたバージョンを放送で流した。そしてこの音源が、その後1992年のリニューアルで新しい編曲の「Arabesque」が作られるまで、週5日放送で使われ続けることになった。

——「News at Ten: A Celebration」(1999年)より。

『News at Ten』のタイトル映像の中でも特に印象的とされる[要出典]シリーズは、1969年に導入されたものである。それは、国会議事堂を横切るようにカメラがパンし、続いてウェストミンスター時計塔へと上昇する映像から始まる。そして時計塔の文字盤へ鋭くズームし、ジョニー・ピアソン作曲の「The Awakening」の力強いビートに合わせて番組名が画面に現れ、その直後にニュースヘッドラインを告げる「ボン」という鐘の音が鳴るという構成だった(ただし、番組が22:00より大幅に遅れて始まる場合には、この「ボング(鐘の音)」は省略された)。その後もオープニング映像は何度か刷新されたが、基本的なコンセプトは数年間にわたり踏襲された。1988年にコンピュータグラフィックスによるタイトルが導入された後も同様で、そこでは夜のロンドン上空を仮想的に飛行する映像が取り入れられていた。1992年の番組リニューアルでは、このおなじみの映像は、時計塔とITN本社を映したシンプルなカメラショットへと置き換えられた(ただし1994年には、本社のショットはスタジオの単独映像へ差し替えられた)。2008年のリニューアルでは、『News at Ten』は1988年のロンドン上空フライオーバー映像と、オリジナルのテーマ音楽(1988年版と1992年版の要素を組み合わせたもの)を再構成して使用した。また、2001年から2004年まで、そして2009年から2016年まで、他のITVニュース番組と同じオープニングタイトルを使用していたが、それらはいずれも『News at Ten』初期のタイトル演出の要素を大まかに基にしたものだった。2016年には新しいタイトル映像が導入され、伝統的なビッグ・ベンの時計盤のイメージにより焦点を当てたものとなった。また音楽には「Global Broadcast」(2013年からITVニュース番組で使用)が再オーケストレーションされて用いられている[30]

受賞

『News at Ten』は1968年8月、全英視聴者・聴取者協会(National Viewers and Listeners Association英語版から初めての賞を受賞した[40]。その後も長年にわたり、権威あるRTSテレビジョン・ジャーナリズム賞(RTS Television Journalism Awards英語版で表彰されており、1997年には「ニュース - 国際報道(News – International coverage)」部門、また1998年、2010年、2014年、2021年には最も名誉ある「年間最優秀ニュース番組(News Programme of the Year)」を受賞している。

番組は、BAFTA英語版の「ニュース報道(News Coverage)」賞をこれまでに2度受賞している。1回目は2009年で、2008年の四川大地震の報道が、2回目は2010年で、同年のハイチ地震の報道がそれぞれ評価された。

また、テレビ/ニュース番組部門において、国際エミー賞(2009年)とプレイン・イングリッシュ賞英語版(2010年)でも受賞している。

出演者

主任ニュースキャスター

副ニュースキャスター

その他のニュースキャスター

過去のニュースキャスター

関連項目

脚注

外部リンク

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