ジェフ・ポーカロ
アメリカ合衆国のミュージシャン、ドラマー、元TOTOメンバー
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ジェフリー・トーマス・ポーカロ(Jeffrey Thomas Porcaro、1954年4月1日 - 1992年8月5日)は、アメリカのミュージシャン。ロックバンド、TOTOのリーダーであり元ドラマー。セッション・ミュージシャンとしても数多くのレコーディングに参加した。同じくTOTOのメンバーのマイク・ポーカロとスティーヴ・ポーカロは実弟。
| ジェフ・ポーカロ Jeff Porcaro | |
|---|---|
|
Jeff Porcaro 1991 | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Jeffrey Thomas Porcaro |
| 別名 | Jeff Porcaro |
| 生誕 |
1954年4月1日 |
| 死没 |
1992年8月5日(38歳没) |
| ジャンル | ロック、AOR、スタジアム・ロック、フュージョン |
| 職業 |
ミュージシャン セッション・ミュージシャン ドラマー |
| 担当楽器 |
ドラムス パーカッション |
| 活動期間 | 1970年代 – 1992年 |
| 共同作業者 |
TOTO ビー・ジーズ ソニー・アンド・シェール ポール・マッカートニー スティーリー・ダン ドナルド・フェイゲン ボニー・レイット ダイアー・ストレイツ マーク・ノップラー デヴィッド・ギルモア ボズ・スキャッグス マイケル・ジャクソン ロジャー・ウォーターズ ポール・アンカ エリック・クラプトン ジョー・ウォルシュ アース・ウインド&ファイアー バートン・カミングス ブルース・スプリングスティーン ヴァン・ヘイレン その他大勢 |
「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において37位。
略歴
コネチカット州ハートフォード出身のイタリア系アメリカ人。父はジャズ・ドラマー、パーカッション奏者として著名なジョー・ポーカロ(1930〜2020)。7歳から父の教えでドラムを習い、10代の頃からセッション・ミュージシャンとして活動を始める。17歳の時にソニー&シェールのバックで、初めてプロのドラマーとしての仕事を得た。[1] 活動初期にスティーリー・ダンのツアーとレコーディングに参加したのをきっかけに、数多くのミュージシャンとのセッションを行うようになった。リズム・ヘリテージの「シーム・フロム・スワット」(反逆のテーマ)は1976年に大ヒットし、のちにブレイク・ダンスの課題曲やラップの人気バック・トラックとなった。プロとしてのキャリア20年で参加作品は200作を超え、スティーヴ・ルカサー曰く、ずっとジェフとやってきたから自分はメトロノームを使って練習する必要がなかったと言わしめた。
1978年、共に売れっ子セッション・ミュージシャンとして活躍していたルカサー、デビッド・ペイチ、弟のスティーブらとTOTOを結成。「ホールド・ザ・ライン」などで商業的な成功を獲得した。「ジョージー・ポーギー」「99」では、ブルーアイド・ソウル的なサウンドを聴くことができる。
TOTOの代表曲「ロザーナ」における「ハーフタイム・シャッフル」と呼ばれるリズムパターンは、ポーカロの代名詞となった。また、様々なドラマーを研究して、自らのプレイに取り込む研究熱心さも持ち合わせていた。前述の「ロザーナ」のリズムパターンは「スティーリー・ダンのアルバムでプレイしたバーナード・パーディの「安らぎの家」「バビロン・シスターズ」、レッド・ツェッペリンの「フール・イン・ザ・レイン」でジョン・ボーナムが叩いていたリズムパターンをミックスし、バスドラムのパターンにボ・ディドリーのリズム(いわゆる「ボ・ディドリー・ビート」)を取り入れた」と、ジェフ自身が教則ビデオの中で解説している。1983年よりパール社とエンドース契約していた。同社のラック・システム(ドラムラック)は、彼の発案により開発されたものである。
1992年8月5日、自宅の庭で殺虫剤を散布後にアレルギーで心臓発作を起こし急死。38歳没。コカイン中毒が原因の動脈硬化症という説が流れたこともあったが、スティーヴ・ルカサー等TOTOのメンバーは「彼はドラッグを使用したことは無い」と、コカインの使用について否定している。
ディスコグラフィ
- サイドマンとして
- シールズ&クロフツ - 「ダイアモンド・ガール」(1973)「ゲット・クローサー」(1976)
- リズム・ヘリテージ - 「Disco-fired」(1975)
- スティーリー・ダン - 「プリッツェル・ロジック」(1974)「ケイティ・ライド」「ガウチョ」(1980)
- ジャクソン・ブラウン – The Pretender (1976)
- レオ・セイヤー – Endless Flight (1976) – "When I Need You"; Thunder in My Heart (1977); Leo Sayer (1978); World Radio (1982); Have You Ever Been in Love (1983)
- ボズ・スキャッグス – Silk Degrees (1976); Down Two Then Left (1977); Middle Man (1980); "Look What You've Done to Me" (1980, featured in the movie Urban Cowboy); "Miss Sun" (1980, released as a single, then included on the compilation Hits!); Other Roads (1988)
- エリック・カルメン – Boats Against the Current (1977) – "She Did It", "Boats Against the Current", "Love Is All That Matters"
- ヴァレリー・カーター – Just a Stone's Throw Away (1977); Wild Child (1978)
- アラン・オディ – Appetizers (1977) – "Undercover Angel"
- 日本人とのセッション
- 飯島真理
- 大村憲司
- 尾崎亜美
- 小田和正
- オフコース
- 葛城ユキ
- 河合奈保子
- 河内淳一
- SING LIKE TALKING
- 高中正義
- 竹内まりや
- Char
- 浜田麻里
- 矢沢永吉
- 山本達彦
- 渡辺貞夫
- 渡辺美里
- NSP
- 中島文明
他。
- 日本人アーティスト参加アルバム
1975年
- 『2年目の扉』 (NSP)
1978年
1980年
1981年
1982年
1983年
- 『I am a Model』 (矢沢永吉)
1984年
- 『Daydream Coast』(河合奈保子)
1986年
1987年
1988年
1989年
- 『CIRCUIT of RAINBOW』 (杏里)
- 『My Heart in Red』 (飯島真理)
- 『Charade』 (上田正樹)
- 『Flower bed』 (渡辺美里)
- 『FRONT SEAT』 (渡辺貞夫)
1990年
1991年
- 『HELLO』 (白鳥英美子)
1992年
- 『Juice』 (河内淳一)
- 『Girl Like You』 (中島フミアキ)
- 『HELLO LOVERS』 (渡辺美里)
- 『REUNION』 (SING LIKE TALKING)