J・A・ベイカー

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生誕 (1926-08-06) 1926年8月6日
イングランドの旗 イングランド イングランド、エセックス州チェルムスフォード
死没 (1987-12-26) 1987年12月26日(61歳没)
イングランドの旗 イングランド イングランド、エセックス州チェルムスフォード
職業 作家、自然観察家、詩人
J・A・ベイカー
John Alec Baker
生誕 (1926-08-06) 1926年8月6日
イングランドの旗 イングランド イングランド、エセックス州チェルムスフォード
死没 (1987-12-26) 1987年12月26日(61歳没)
イングランドの旗 イングランド イングランド、エセックス州チェルムスフォード
国籍 イングランドの旗 イングランド
職業 作家、自然観察家、詩人
配偶者 ドリーン・グレース・コー(1956年 - 2006年没)
受賞 ダフ・クーパー賞(1967年)
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J・A・ベイカー(John Alec Baker、1926年8月6日 - 1987年12月26日)は、イングランド出身の作家・自然観察家・詩人。イギリス自然文学(ネイチャーライティング)の最高傑作の一つとして広く評価されるThe Peregrine(『ハヤブサ』、1967年)の著者として知られる。

生涯をエセックス州チェルムスフォードに過ごし、同地の農耕地帯と海岸部を徒歩や自転車で巡りながら、ハヤブサをはじめとする野鳥の観察を重ね続けた。著書はわずか2冊であるが、その詩的かつ精密な文体は後世のネイチャーライターたちに多大な影響を与えた。[1]

生い立ちと教育

ジョン・アレック・ベイカーは、1926年8月6日、エセックス州チェルムスフォードで生まれた。父ウィルフレッドは地元の電気工学会社クロンプトン・パーキンソンで設計製図工として勤務しており、ベイカーは一人っ子として育てられた。[2] 幼少期から近視に悩まされ、リウマチ熱などの病気で学校を欠席することも多かった。中等教育はチェルムスフォードのキング・エドワード6世グラマースクールで受けた。[3]

職業生活と執筆活動の開始

学校卒業後、ベイカーは複数の職を経た。18歳の頃から地元チェルムスフォードの梱包会社フォアマンズで働き始め、その後、自動車協会(AA)チェルムスフォード支部の管理職、さらにブリットヴィック・デポーの管理職を務めた。[4] 車の運転をしなかったため、鳥の観察はもっぱら自転車と徒歩で行われた。

1956年10月6日、AA勤務の給与担当事務員だったドリーン・グレース・コー(1935年 - 2006年)と結婚したが、子どもはいなかった。[5] 1954年頃から日記に鳥の観察記録をつけ始め、チェルムスフォードから沿岸部に至るエセックスの農耕地帯を何年にもわたって歩き回った。

1965年には有給の仕事を完全に辞め、蓄えと助成金に頼りながらハヤブサの観察に全時間を費やした。[6]

晩年と死

『ハヤブサ』の出版以後、ベイカーは極めて内向的な生活を続けた。著名な賞を受けながらも公の場への出演を頑なに拒み、1967年の『サンデー・タイムズ』の取材では、「40歳でエセックスの公営住宅に住む。どの町かは知られたくない。隣人には自分が何をしているか知ってほしくない。テレビも電話もない」と記されるほどだった。[7] 1970年頃からリウマチ性関節炎が重症化し、屋外での活動は著しく制限された。[8]

ベイカーは1987年12月26日にチェルムスフォードで没した。61歳だった。妻のドリーンは2006年に死去し、その遺品の整理を通じて初めて、詳細な伝記的資料がまとまった形で公開されることとなった。[9]

学術的業績と自然観察

ベイカーは鳥類学の正規訓練を受けておらず、職業的な研究者でもなかった。にもかかわらず、1954年から1965年にかけて約10年間にわたり、エセックス州の農耕地帯・河口・沿岸部をほぼ毎冬歩き回り、ハヤブサの行動を詳細に記録し続けた。その観察ノートは原稿にして約1,600ページにも及んだとされる。[10]

この膨大な記録を5度書き直した末に完成させたのが『ハヤブサ』である。同書では10年間の観察が、1962年から63年にかけての1シーズン(10月から翌4月)に凝縮されている。なお、この時期の冬は「大凍結(Big Freeze)」として知られる記録的な寒冬であった。[11]

観察の真偽をめぐっては議論がある。エセックスの鳥類観察者の間では、ベイカーが記録した619件の捕食行動を現実として受け取ることへの懐疑論も根強かった。一方、コナー・マーク・ジェイムソンは著書『サイレント・スプリング再訪』(2012年)の中で、当時のDDT等農薬汚染によって神経系が損傷したハヤブサが通常とは異なる行動をとることがあり得たと指摘している。[12]

エセックス大学はベイカーの日記・草稿・校正刷り・往復書簡・観察に使用した光学機器などを所蔵しており、このアーカイブは2016年にヘティ・サンダースにより目録化され、現在は一般公開されている。[13]

著作

※ 2026.4現在、日本語訳著書は見当たらない

書籍

  1. The Peregrine(ハヤブサ)、Collins、1967年。ダフ・クーパー賞受賞。のちニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス版(ロバート・マクファーレン序文、2005年)、コリンズ版全著作集(2010年、2015年、2017年50周年記念版)として再版。
  2. The Hill of Summer(夏の丘)、Collins、1969年。

論文・記事

  1. "The Peregrine in Essex 1955–1965", Essex Bird Report(エセックス鳥類報告)収録。
  2. "On the Essex Coast", RSPB Birds magazine、1971年。

受賞・栄誉

  • ダフ・クーパー賞(Duff Cooper Memorial Prize):1967年、『ハヤブサ』により受賞。同賞は英国文学の権威ある賞の一つであり、同書の受賞は審査員たちを「ベイカーの感受性と詩的文体に圧倒された」と言わしめた。b[14]
  • ヨークシャー・ポスト年間最優秀書籍(Yorkshire Post Book of the Year):1967年。[15]
  • アーツ・カウンシル助成金(Arts Council grant):『ハヤブサ』受賞後に授与。[16]
  • チェルムスフォード市ブルー・プラーク:2020年2月、ベイカーが『ハヤブサ』執筆中に住んでいたスタンステッド・クローズ44番地の建物外壁に、チェルムスフォード市議会により設置。「作家・詩人・自然保護家」として顕彰されている。[17]
  • チェルムスフォード博物館企画展「Restless Brilliance」:2024年3月から2025年2月にかけて、ベイカーの生涯と作品をテーマとした企画展が開催された。[18]

思想・考え方

ベイカーは、人が「自らの汚染(human taint)」を脱ぎ捨て、ひたすら観察に没入することで、他の生命の視座に近づこうとする。彼は自分自身をハヤブサの習性に同化させるほど徹底した観察を行い、最終的には「ハヤブサになること」を志向した。こうした思想は、「真に見えるものの中で、最も見えにくいのは、そこにあるものそのものだ」という言葉に象徴されている。[19]

また、ベイカーの著作は、1960年代における農薬(DDTディルドリン)による生態系破壊に対する深刻な危機感に根ざしていた。ハヤブサは食物連鎖の頂点に位置するため、農薬汚染の被害を最も強く受けた種の一つであり、その絶滅が現実的な脅威となっていた時代に執筆されたことが、本書の緊迫した筆致の背景にある。ロバート・マクファーレンは、ベイカーの散文は「読者を引き込み、否が応でも作品の内側へと連れ込む」と評している。[20]

さらにベイカーは、自然を「場所」として固定化することを拒み、「場所とは変化そのものであり、心によって止められた動きが記憶の琥珀の中に保たれたものにすぎない」と述べている。このような思想は、彼の散文の流動的でめまぐるしい文体にも反映されており、ハヤブサの動きを追うかのような絶え間ない運動感をもたらしている。[21]

発言

ベイカーの思想の理解を助けるため、キーワードごとに分類した彼自身の説明等の発言を以下に引用する。

観察すること(Seeing)
「本当に見えにくいのは、そこに実際にあるものです。鳥の図鑑にはハヤブサの写真があり、文章には情報が詰め込まれています。ページの白さの中にくっきりと浮かぶその鷹は、大きく、艶やかで、鮮やかな色彩をしています。でも本を閉じたとき、あなたはもう二度とその鳥に会えません。細密で静止した図像と比べると、現実は色褪せて見えるでしょう。生きている鳥は、図鑑のようには大きくも輝いてもいない。風景の奥深くに沈み、常に後退し続け、見失われる寸前のところにいるものです。写真は、生きた鳥の持つ情熱的な動きの前では、蝋人形にすぎません。」
(原文:"The hardest thing of all to see is what is really there. … Pictures are waxworks beside the passionate mobility of the living bird. ...")[22]
人間への恐怖(Fear of Man)
「野生の生き物にとって、人間への恐怖ほど恐ろしい痛みも死もありません。油に塗れてもはや頭しか動かせない赤喉潜鳥も、あなたが手を差し伸べれば、水面に浮かんだまま嘴で壁を押しのけようとします。毒にやられて草の上でもがくカラスも、息ができないほど黄色い泡を口から吹き出しながら、あなたが捕まえようとすると何度も繰り返し空の壁に飛びかかっていきます。……私たちは殺し屋です。死の匂いをまとっています。霜のように肌に張り付いて、どうしても引き剥がせない。」
(原文:"No pain, no death, is more terrible to a wild creature than its fear of man. … We stink of death. We carry it with us. It sticks to us like frost. ... ")[23]
ハヤブサの視覚(The Peregrine's Eye)
「ハヤブサの眼は、それぞれ重さが約28グラムあり、人間の眼よりも大きく重いものです。もし私たちの眼が、ハヤブサの体に対する眼の比率と同じ割合で存在していたとしたら、体重75キロの人間には直径7センチ以上、重さ1.8キロの眼が備わることになります。ハヤブサの網膜全体で遠方の対象物を解像する能力は、人間の網膜の2倍です。側視と双眼視が焦点を結ぶ位置には深い中心窩があり、そこにある細胞の数は私たちの8倍もの解像度を実現しています。」
(原文:"The eyes of a falcon peregrine weigh approximately one ounce each; they are larger and heavier than human eyes. … The whole retina of a hawk's eye records a resolution of distant objects that is twice as acute as that of the human retina. ... ")[24]
狩人が獲物になること(The Hunter Becoming the Hunted)
「広い野原を、一定の、揺らぎのない動きで近づいていってください。姿を大きくしながらも、その輪郭は変えないように。完全に隠れられないなら、隠れようとしてはいけません。一人でいてください。人間のもつ奇妙な臭いを振り払い、農場の敵意ある眼差しから逃げることを覚えてください。恐れることを学んでください。恐れを分かち合うことは、最も深い絆です。狩人は、自分が狩るものにならなければなりません。」
(原文:"Approach him across open ground with a steady unfaltering movement. … The hunter must become the thing he hunts.")[25]
場所について(On Place)
「私たちが「場所」と呼ぶ神秘的な本質など、どこにも存在しません。場所とは変化そのものです。心によって止められた動きが、記憶の琥珀の中に封じ込められたものにすぎないのです。」
(原文:"There is no mysterious essence we can call a 'place'. Place is change. It is motion killed by the mind, and preserved in the amber of memory.")[26]
放浪すること(On Wandering)
「私はいつも、外の世界の一部になりたいと切望してきました。物事の縁のところに出ていって、キツネが水の冷たい非現実の中に自分の匂いを溶かし込むように、人間の染みが空虚と静寂の中で洗い流されてほしい。そして町へ戻るときは、見知らぬ者として戻りたい。放浪は栄光をほとばしらせます。その栄光は、到着とともに色褪せてしまうけれど。」
(原文:"I have always longed to be part of the outward life, to be out there at the edge of things, to let the human taint wash away in emptiness and silence … Wandering flushes a glory that fades with arrival.")[27]

影響と評価

『ハヤブサ』は発表直後から批評家の絶賛を受け、20世紀のネイチャーライティングの最高峰として位置づけられた。ロバート・マクファーレンはニューヨーク・レビュー・ブックス版の序文の中で「20世紀ノンフィクションの傑作」と称し、バリー・ロペスも「これまで読んだ野生生物についての記録の中で、最も美しく丁寧に観察された作品」と評している。映画監督ヴェルナー・ヘルツォークは「映画を作りたいなら必ず読むべき本」であり、「ジョゼフ・コンラッド以来見たことのない水準の散文」だと絶賛した。[28]

ヘルツォークはスタンフォード大学での講演(2016年2月)でこの本を取り上げ、自身が主宰するローグ・フィルム・スクールの必読書に指定している。[29]

詩人テッド・ヒューズ、作家アンドリュー・モーション、自然学者リチャード・マビーロバート・マクファーレンら多くの著名人が本書を20世紀の自然文学の最重要作と位置づけており、2018年1月には英国の芸術・人文学研究評議会による「英国人が最も愛した自然についての本」の候補10作にも選ばれた。[30]

2019年12月にはデイヴィッド・アッテンボローによる朗読がBBCラジオ4で放送された。[31]

伝記

ベイカーの死後長きにわたって生涯の詳細はほとんど知られていなかった。2017年10月、ヘティ・サンダースによる初の本格的伝記My House of Sky: The Life of J.A. Bakerがリトル・トラー・ブックスより刊行された。この書にはロバート・マクファーレンによる序文、ジョン・ファンショーによるアーカイブ紹介、ベイカーの詩の選集、クリストファー・マシューズによる写真が含まれている。[32]

関連項目

脚注

外部リンク

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