MTU-20
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開発・設計

1950年代に開発されたMTU架橋戦車の後継として開発された車両で、オムスク輸送機械工場で開発・製造された[1][2][3]。
ベース車体はT-55主力戦車で、車体上に箱型構造の橋が搭載されている[1][2]。MTUの搭載する橋が全長12メートル・架橋幅11メートルであったのに対し、MTU-20では橋が折り畳み式となり、全長20メートル・架橋幅18メートルに延長された[1][2]。耐荷重は50[3]ないし60トンである[2]。
車体は戦車ベースだけに、前面で100ミリ、側面で80ミリ厚の装甲がある[4]。固有武装は搭載されていない[4]。

架橋時には、まず車体を架橋箇所の手前に停車させ、次に上側に折り畳まれた橋の両端部を180度展開して水平な一本の橋とする[1][2]。車体前部にある安定板を接地させたのち、橋をチェーン機構で前方にせり出し、先端が対岸部に到達したら橋を下ろすという仕組みである[1][2]。架橋に要する時間は5分、撤収に要する時間は7分で、撤収はどちらの端からでも可能である[1][2]。
本車は主に対戦車障害の通過、強度不足の橋や軟弱地の通過などに使用される[4]。ただし、車体の限界から軽量化のため橋の材質にジュラルミンを採用していたため、15から20両ほどの主力戦車が通過すると大きく損傷してしまう[3]。また、整備性も低かった[3]。このため、ソ連軍では平時の訓練で本車を使用することは禁止されていた[3]。
ソ連地上軍では、戦車連隊や自動車化歩兵連隊内の戦闘工兵中隊に1 - 3両程度が配備されたほか、戦車師団や自動車化歩兵師団内の師団工兵大隊にも6両が配備されていた[5]。