SFコーポレーション
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株式会社SFコーポレーション(エスエフコーポレーション)は、かつて存在した日本の消費者金融業者。神奈川県横浜市に本社を置いていた。2008年10月31日、三和ファイナンスは、かざかファイナンスへ売却され、商号を三和ファイナンス株式会社から変更した。その後創業者は経営に一切関係していない。2011年8月26日、過払金債権の返還に行き詰り、破産手続開始決定を受ける。
旧社名と同じ表記である三和銀行(現・三菱UFJ銀行)とは何の関係もない。そのためか、1990年代後半頃から表記を「三和・ファイナンス」としていた。また、グループ会社に三和プランニングがあるが、2014年に大阪で社員が恐喝容疑で逮捕された同名の会社とは全く関係がない。
概要
三和ファイナンスとして創業
1972年に北海道出身の山田紘一郎が創業[2]。新宿に本拠を置き、全盛期には首都圏を中心に400を超える支店を抱えたサラ金業者だったが、厳しい取り立てて知られていた[2]。不動産事業やホテル事業にも手を広げ、のちに進出した大韓民国では、現地法人の三和貸付が"三和マネー"の商標で業界第2位のシェアを獲得した[3](現在も韓国法人は存在する)。イメージキャラクターとして株式会社先駆舎(当時はネイキッド)のイラストレーター・額賀剛治が手掛けた「ビーンズ君」が日韓両国の広告に登場していた[4]。
山田は2021年11月亡くなったが、その翌年には山田が築き上げた三和貸付が関連する1000億円もの資産を巡って、会社乗っ取りを画策したグループが山田の遺族に成りすます事件が発生[5]。警視庁が摘発に乗り出す一幕もあった[5]。また資産家で知られた山田は、かつて加藤暠の大口顧客の一人であった[5]。
グループ会社が西新宿8丁目にある「飛鳥ホテル」、福島県いわき市にある「田人カントリー倶楽部」、北海道長万部町にある「二股らぢうむ温泉」なども経営していた。その後、田人カントリー倶楽部は東日本大震災の影響で閉鎖、飛鳥ホテルも創業者が経営する三和不動産により賃貸マンションへ再開発のため[6]、2013年2月に閉鎖となり、二股らぢうむ温泉も現在は水の素株式会社が経営している。
2008年9月12日、同社に対し過払金返還請求権を有する債権者から、東京地方裁判所に対し、過払金返還請求権を請求債権として破産を申し立てられた。破産を申し立てた弁護団によると、請求債権の総額は約3億2000万円であり(弁護団に関係しない顧客に対し支払義務を負う過払金も含めれば、これよりはるかに多額に上る)、同社は、2008年2月頃より、賠償を命じる判決や裁判上の和解も無視し、支払を拒否していた。
かざかファイナンスによる完全子会社化
2008年9月17日、かざかファイナンス(後のクロスシード)が、三和ファイナンスの全株式を取得して、完全子会社化した。
2008年10月2日、三和ファイナンスはかざかファイナンスからの支援を受け、東京地方裁判所に対し、破産申立ての請求債権だけでなく他の顧客に対する過払金全額の返還を約し、さらに弁護団へ請求債権の全額約3億5000万円を支払ったため、弁護団は破産申立てを取り下げた。しかしながら、破産申立てが取り下げられると間もなく、同社は裁判所に対する約束を反故にし、過払金の支払拒否を再開している。
2008年10月31日に、商号を三和ファイナンス株式会社から株式会社SFコーポレーションに変更[7]。2009年1月に、親会社のかざかファイナンス株式会社がかざかフィナンシャルグループを離脱し、ネオラインキャピタル株式会社と商号変更している。そのため、本社をかつての新宿区西新宿から、港区六本木に移転している。
2011年8月8日、同社は過払い金返還への資金繰りを理由に弁護士に今後の対応を依頼したことを発表した[8]。
倒産
2011年8月26日午後5時、東京地方裁判所民事第20部から破産手続開始決定を受けて倒産した[9]。負債総額は約1,897億円[1]。
2013年2月6日、破産管財人は三和ファイナンス創業者および3社に対して配当金返還訴訟を起こすが一切棄却された。
2017年に最終配当を実施。同年5月24日に東京地方裁判所から破産手続終結決定を受けたと同時に、法人格が消滅した[10]。