SLブーム
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1960年代から日本国有鉄道(国鉄)が打ち出した無煙化政策(動力近代化計画)に伴い、日本全国でSLが廃車となっていった。鉄道ファンはもとより、一般人も老若男女問わず消えゆくSLを追いかけて別れを惜しんだ。
このブームは鉄道ファンの裾野を大きく広げることになった。伯備線の布原信号場(現・布原駅)や函館本線の上目名駅などといった有名撮影地には、多くのファンが目当ての機関車を撮影するために集まった。また、SL列車に乗ったり、列車内や線路際でその走行音を録音するファンもみられた。これらは、日本の経済成長に伴い、カメラや録音機材が一般に普及したことも大きく影響している。キネマ旬報社からはSLのみに対象を絞った『蒸気機関車』という雑誌(初代編集長は関沢新一)も刊行された。
反面、有名撮影地ではファン同士のトラブルに加え、地元民との間でも民家の庭や農地など私有地への無断立ち入り(住居侵入罪などの不法行為)といったトラブルが発生し[2]、今日でも議論となる“鉄道ファンのマナー”の問題が表面化した。
一方、国鉄の側もこうしたブームに乗ずる形で、ディスカバー・ジャパンキャンペーンともタイアップして、まだ現役として残っていた蒸気機関車に乗る・見ること自体を目的とした臨時列車を運行したケースがある。
