あしやからの飛行
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| あしやからの飛行 | |
|---|---|
| Flight from Ashiya[1] | |
| 監督 | マイケル・アンダーソン |
| 脚本 | |
| 製作 | |
| 出演者 | |
| 音楽 | フランク・コーデル |
| 撮影 |
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| 編集 | ゴードン・ピルキントン |
| 製作会社 |
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| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | 108分 |
| 製作国 | |
| 言語 | |
『あしやからの飛行』(Flight from Ashiya)とは、1964年(昭和39年)に公開された日米合作映画。製作はハロルド・ヘクト・フィルムと大映[1][2]。配給はアメリカではユナイテッド・アーティスツ、日本では大映[1][2]。
アメリカでの公開日は1964年3月25日[要出典]、日本での公開日は1964年3月28日[1][2]。カラー、パナビジョン[1]。上映時間は108分[1][2]。
あらすじ
台風の東シナ海で遭難した日本の船を救助するため、アメリカ空軍のHU-16が芦屋基地を飛び立つ[2]。飛行機に乗っていた機長のスティーヴンソン少佐、ジョン・グレッグ少尉、パラシュート隊のマイク高島二等軍曹はそれぞれ戦争によって心の傷を抱えていた[2]。
やがて救助隊は遭難船を発見[2]。1番機は着水して救助を試みるが、波に飲まれてしまう[2]。動揺する3人であったが、救助を続行。マイクがなんとかパラシュートで船に降下するが、中には重傷の女性や子供がいたため、マイクは飛行機に着水を要請。日本人に妻を殺されたスティーヴンソンは当初拒否するが、遂に命懸けの着水を決意。見事成功する。
帰還した隊員たちが遭難者たちに感謝されながら基地に帰っていく中、基地の片隅にいつまでも立ちつくす人々がいた。それは遭難した飛行機の乗組員の家族であった。
キャスト
スタッフ
制作
元々はクラーク・ゲーブルを主役に映画化する予定であったが、ゲーブルが死去したためブリンナーが主役となった[2]。
東京(立川基地)、大阪(伊丹空港)、京都(大映のスタジオ)、ローマと、世界各地でロケが行われた。
特撮
特撮を大映のスタッフが担当し、この映画での経験がのちの『大魔神』(1966年)に多く生かされたという[3]。詳しくは「大魔神」も参照。
スイス山中の雪崩のシーンは、自衛隊演習場に幅150メートル・高さ30メートルの巨大なオープンセットを組み、約1トンの人工雪を用いて撮影された[3][2]。雪山は、トラクターで成形した地面に畳800枚を敷いて杭で止め、発泡性プラスチックを吹き付けて制作した[3]。
遭難救助のシーンは、在日米軍の全面協力による飛行シーンの撮影と、嵐でうねる海面での着水を再現したミニチュア操演を組み合わせて表現された[2]。