おおくぼ良太

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出生名 大久保 芳正
生誕 (1952-09-10) 1952年9月10日(73歳)
学歴 千葉県敬愛高等学校
(現:横芝敬愛高等学校
おおくぼ 良太
出生名 大久保 芳正
生誕 (1952-09-10) 1952年9月10日(73歳)
出身地 日本の旗 日本 千葉県八日市場市(現・匝瑳市
学歴 千葉県敬愛高等学校
(現:横芝敬愛高等学校
ジャンル コミックソング
職業 シンガーソングライタータレント司会者コメディアン
レーベル ビクター音楽産業
事務所 ゆうせん企画

おおくぼ 良太(おおくぼ りょうた、1952年9月10日[1] - )は、日本シンガーソングライターコメディアン。本名、大久保 芳正[1][2]。所属していた事務所は「ゆうせん企画」[2]

千葉県八日市場市(現・匝瑳市)出身[1][3]。父は千葉県内の中学校の校長で本人曰く「厳しい家庭に育った」とのこと[4][1]。千葉県敬愛高等学校(現:横芝敬愛高等学校)機械科卒業[1]ジャニーズのタレントのカッコ良さに憧れ、高校卒業後にダンサーになりたくて芸能界を目指す[4][1]。21歳の時に本場のダンスを習得するためにアメリカへ渡って1年間ウェイターや皿洗いなどのアルバイトをしながらダンスやエンターテインメントの勉強をし、タップダンスの修業を積んで帰国[4][1][2]

帰国後はダンサーや振り付けの仕事などをしていた[4]一方で、1976年コントも行うフォークグループチャチャーズ」を結成[1][3]。チャチャーズは1980年に解散、その後はソロ活動に移行して司会者業も多く務めていた[3]ヴォードヴィルが忘れられず、コメディアンの方向を目指すようになる[4]。この間萩本欽一に弟子入り志願をしたが断られたことがあった[2]。そして太田プロダクションに所属していたグループ、ギャグメッセンジャーズに弟子入り[4][1]。30歳となった1982年11月にテレビ朝日系放送の演芸番組『ザ・テレビ演芸』内のコーナー『飛び出せ笑いのニュースター』コーナーに出場し、第16代チャンピオンとなる[4][1][2]。そして1983年2月5日東急目蒲線(現・東急目黒線東急多摩川線)を擬人化して歌った歌のシングル『目蒲線物語』でレコードデビュー[2]。その後テレビ朝日のクイズ番組『クイズ!!マガジン』にもレギュラー出演していた[1]

デビュー当時既に結婚しており、妻も地方巡業の歌謡ショーの司会を務めていて、司会業では同業者であった[4]

1989年池袋ミュージカル学院を開校。2020年の閉校まで学院長を務めた[5]2022年には古本恭一監督映画『CODE-D魔女たちの消えた家』にてナオ(演 - まひろ玲希)の父役で出演[5]

趣味・特技はタップダンス、ジャズダンス生け花器械体操新体操詩吟[1][2]

レパートリー

ディスコグラフィ

脚注

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