目黒駅

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正面口(2018年1月)

目黒駅(めぐろえき)は、東京都品川区上大崎にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東急電鉄(東急)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局都営地下鉄)のである。

所在地は目黒区ではなく品川区であり(後述)、同区最北端の駅である。なお、目黒区にある駅で「目黒」を駅名に冠する駅は、中目黒駅である。

以下の4社局4路線が乗り入れ、相互間の接続駅となっている。

東急・東京メトロ・都営地下鉄の駅は、目黒線と南北線および三田線の間で相互直通運転を行っている。3社局の路線が乗り入れる共同使用駅で東急の管轄となっている。3者の乗り入れで1者が管轄する珍しい事例の共同使用駅である。

また、南北線と三田線は、当駅から白金高輪駅までの区間で駅・線路設備を共用している。当該区間については、南北線を運行する東京メトロが第一種鉄道事業者として施設を保有しており、三田線を運行する東京都交通局は第二種鉄道事業者となる。

歴史

目蒲線目黒駅(1940年代)
  • 1942年(昭和17年):目蒲線ホームが3両編成対応になる[3]
  • 1953年(昭和28年)12月12日:目蒲線駅舎が鉄筋コンクリート造地上2階・地下1階建てに改築[3]
目黒駅周辺の白黒空中写真(1963年6月26日撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

駅名と所在地

駅名は目黒駅であるが、駅の所在地は目黒区ではなく品川区である[22]。開設時に遡っても、目黒村でなく大崎村に位置している。

駅名選定の経緯は残されていないが、目黒不動尊目黒川など周辺には「目黒」を冠する名称が多い。設置場所については、蒸気機関車の煙や振動が農作物に悪影響を与えると心配した地元農民の反対運動のため、目黒川沿いに鉄道を建設する当初計画が変更されたとする伝承(目黒駅追上事件と称される)がある[23]。一方、地理学者の青木栄一はこうした伝承のほとんどは文献資料などの根拠を欠いたものであると述べている。

こうした通説の否定を踏まえ、杉山淳一は、目黒駅が大崎から渋谷までのほぼ直線上になった路線上にあることに着目し、目黒川沿いに鉄道を敷いた場合のコストを考慮した上で路線が計画され、結果的に現在の設置場所に目黒駅が設けられたのではないかと推測している[24]

このような経緯から、当駅周辺では落語目黒のさんま」に因んで、品川区側と目黒区側の両方で「目黒のさんま祭り」がそれぞれ別の団体によって異なる日に開催されている[注 1]

駅構造

利用状況

駅周辺

権之助坂
白金桟道橋から見た目黒駅。右の高い建物がJR東急目黒ビル
権之助坂
駅西口側目黒通りの坂の名称で一方通行の上下線に分かれている。ただし下り線は上大崎交差点から目黒駅東口ロータリー出口まで相互通行。下り線は江戸時代に目黒の名主であった菅沼権之助によって開かれた。幕府の意向に反したとの冤罪で処刑されたが、慕う庶民がその名を付けて現在に至っている。上り線の"新坂"は当初存在していなかったが、増加する交通量などに対応するため、1965年以後に住宅地を開いて開通した。
権之助坂商店街
駅西口前周辺から権之助坂一帯の加盟店舗数250を超える商店街で、権之助坂商店街振興組合として8つの商店会からなっている[35]
行人坂
江戸時代のこと、権之助坂ができる前は江戸府内に入るルートとして大鳥神社から太鼓橋を渡り、途中江戸三大大火の一つ、明和9年(1772年明和の大火(行人坂の火事)の火元となった大円寺を右に見ながら江戸府内へ向かう主道であった。余りの急坂で大八車を引く人々からは不評であった。"権之助坂"が開通して庶民の苦しみは取り除かれた。
アトレ目黒
駅の地上に建設されたJRアトレビルの商業エリア。建物は1967年に建てられ、当時はJR目黒駅ビルが目黒ステーションビル、駅隣のビルが目黒ターミナルビルとなっていた。後年ステーションビルはサンメグロ、ターミナルビルはマイメグロとなり、さらにその後マイメグロはmicと呼称が変更された。2000年には2棟共に改装となり、改装中の休業期間を経て2001年10月には2棟併せてヒルトップガーデン目黒(サンメグロはヒルトップガーデングリーン館、マイメグロはヒルトップガーデンオレンジ館と呼称変更)となった。その後、再び改装を経て2005年12月にこのヒルトップガーデン目黒はATRE1(グリーン館建物がA館、オレンジ館建物がB館となっていた)となっている。2014年2月にB館が閉鎖され、3月にA館がリニューアルオープンし、その後はA館、B館の呼称は使用されていない。リニューアルオープン以降、旧A館の建物のみで営業していたが、旧B館の建物が2017年3月に再オープンした[報道 10]。JR東急目黒ビルの地上はもともと2002年4月からATREとしてオープンしていたが、ATRE1のオープンにともなってATRE2となっている。ATRE2には目黒区の目黒駅行政サービス窓口が設置されていたが、2023年に閉鎖された[注 4][36]
目黒雅叙園
ホテル、結婚式場、レストラン、保存建築(登録有形文化財)などがある。アニメーション映画千と千尋の神隠し』の湯屋などを思わせる造りが目を引く。駅から行人坂を下って徒歩で5分から6分程度。
大鳥神社
太鼓橋を渡って山手通りと目黒通りの立体交差点の横にある。2006年は鎮座1200年にあたっており、記念行事として、同年8月20日稚児と大人の行列、同年9月3日の例大祭には60余年振りの神輿宮入が執り行われた。初冬には、酉の市がある。
学校法人杉野学園
杉野服飾大学、ドレスメーカー学院。
目黒日本大学中学校・高等学校
旧・日出中学校・高等学校。芸能コースが設置されており、在学生・卒業生に多くの芸能人がいる。
ホリプロ
老舗芸能事務所
日の丸自動車学校
山手線から教習コースが望める。黒いビルに大きな目立つ赤い球がめり込んでいる。
EASE NEWYORK(イーズニューヨーク)・EASE PARIS(イーズパリ)
ニューヨークパリの町並みを模した撮影スタジオ。東急目蒲線線路跡地に建設された。
JR東急目黒ビル
アトレ目黒2やNTTアドビーコン・コミュニケーションズ本社
新目黒東急ビル(旧・パイオニア本社跡地)
スターバックスコーヒージャパン本社
パークタワー目黒
目黒セントラルスクエア
都営バス目黒車庫跡地再開発により整備され、オフィス棟とマンション(ブリリアタワー目黒ノースレジデンス・サウスレジデンス)、広場がある。
久米美術館

バス路線

都営バス[37]東急バス[38] により運行される以下の路線が発着する。

東口

都営バスは東口ロータリー内、東急バスは目黒通り上(東行は駅北側、西行は駅南側)に分かれて設置している。停留所名は東急バス西行きのみ「目黒駅東口」、他は「目黒駅前」となる。

のりば停留所名運行事業者系統・行先
1 目黒駅前 都営バス[37] 品93大井競馬場前・品川車庫前・都立産業技術高専品川キャンパス前
2
7 東急バス[38]
a 目黒駅東口 東98清水等々力操車所

西口

0 - 2番のりばは目黒通り上(駅南側)、3 - 5番のりばは目黒駅西口正面に設置。

のりば運行事業者系統・行先
0 東急バス[38] 黒09下馬営業所 / 野沢龍雲寺(循環)
2 黒06三軒茶屋駅
3 黒01大岡山小学校前
3B 黒01:清水
4 黒02二子玉川駅 / 等々力七丁目
5 黒07弦巻営業所

隣の駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
JY 山手線
五反田駅 (JY 23) - 目黒駅 (JY 22) - 恵比寿駅 (JY 21)
東急電鉄(東急)
MG 目黒線
急行
(南北線・三田線) - 目黒駅 (MG01) - 武蔵小山駅 (MG03)
各駅停車
(南北線・三田線) - 目黒駅 (MG01) - 不動前駅 (MG02)
東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)
N 南北線・I 都営三田線
各駅停車
(東急目黒線) - 目黒駅 (N 01・I 01) - 白金台駅 (N 02・I 02)

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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