目黒駅
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以下の4社局4路線が乗り入れ、相互間の接続駅となっている。
- JR東日本:
山手線 - 電車線で運行される環状線としての山手線電車のみが停車し、線路名称上は山手線である山手貨物線を走行する埼京線・湘南新宿ラインの列車は停車しない。また、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属している[1]。駅番号「JY 22」 - 東急電鉄:
目黒線 - 当駅が起点。下記2路線および2023年より相模鉄道各線と相互直通運転が行われている。かつては「目蒲線」と称していた。駅番号「MG01」 - 東京メトロ:
南北線 - 当駅が起点。開業当初から多くの列車が赤羽岩淵駅から埼玉高速鉄道線への直通運転を実施している。駅番号「N 01」 - 都営地下鉄:
三田線 - 当駅が起点。駅番号「I 01」
東急・東京メトロ・都営地下鉄の駅は、目黒線と南北線および三田線の間で相互直通運転を行っている。3社局の路線が乗り入れる共同使用駅で東急の管轄となっている。3者の乗り入れで1者が管轄する珍しい事例の共同使用駅である。
また、南北線と三田線は、当駅から白金高輪駅までの区間で駅・線路設備を共用している。当該区間については、南北線を運行する東京メトロが第一種鉄道事業者として施設を保有しており、三田線を運行する東京都交通局は第二種鉄道事業者となる。
歴史
- 1885年(明治18年)3月16日:日本鉄道の駅として開業[2][3]。旅客営業のみ。
- 1906年(明治39年)11月1日:日本鉄道が国有化、国有鉄道の駅となる[2]。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により山手線の所属となる。
- 1923年(大正12年)3月11日:目黒蒲田電鉄(現在の東急)の駅が開業[3][4]。
- 1929年(昭和4年):目蒲線目黒駅に東横第2食堂が開設される[3]。
- 1936年(昭和11年):目蒲線駅舎が木造モルタル造2階建てに改築[3]。


国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
- 1965年(昭和40年)10月1日:国鉄駅において手荷物及び小荷物を東急線方面との連絡のものに限定、配達の取り扱いを開始[2]。
- 1967年(昭和42年)
- 1968年(昭和43年)2月:目蒲線に券売機と改札機が一体となった「自動券売改札機」を設置[新聞 2]。
- 1984年(昭和59年)2月21日:国鉄と東急線の連絡荷物の取り扱いを廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅(山手線所属)となる[2]。
- 1990年(平成2年)6月2日:JRの駅に自動改札機を設置[5]。
- 1991年(平成3年)
- 1992年(平成4年)
- 1993年(平成5年)
- 1994年(平成6年)2月28日:東急⇔山手線の連絡改札口を閉鎖[9][15]。このため、山手線側に仮設の改札口が設置された[15]。
- 1997年(平成9年)7月27日:東急の駅が地下駅となる[3]。
- 1998年(平成10年)4月18日:東急の駅でエスカレーターが供用開始される[16]。
- 2000年(平成12年)
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)4月2日:JR東急目黒ビルが開業[報道 6][18]。アトレ目黒がオープン[報道 6][18]。
- 2004年(平成16年)4月1日:帝都高速度交通営団(営団地下鉄)民営化に伴い、南北線の駅は東京地下鉄(東京メトロ)に継承される[報道 7]。
- 2006年(平成18年)4月28日:東京メトロの定期券うりばの営業を終了[19]。
- 2007年(平成19年)3月18日:東急電鉄・東京メトロ・都営地下鉄でICカード「PASMO」の利用が可能となる[報道 8]。
- 2010年(平成22年)8月28日:山手線ホームでホームドアの使用を開始[報道 9]。
- 2017年(平成29年)3月15日:アトレ目黒1・B館がリニューアル[報道 10]。
- 2019年(平成31年)3月30日:びゅうプラザの営業を終了[20]。
- 2021年(令和3年)4月30日:東急電鉄の定期券売り場の営業を終了[報道 11]。
- 2023年(令和5年)12月9日:東急連絡改札口にお客さまサポートコールシステムを導入[21]。
駅名と所在地
駅名は目黒駅であるが、駅の所在地は目黒区ではなく品川区である[22]。開設時に遡っても、目黒村でなく大崎村に位置している。
駅名選定の経緯は残されていないが、目黒不動尊や目黒川など周辺には「目黒」を冠する名称が多い。設置場所については、蒸気機関車の煙や振動が農作物に悪影響を与えると心配した地元農民の反対運動のため、目黒川沿いに鉄道を建設する当初計画が変更されたとする伝承(目黒駅追上事件と称される)がある[23]。一方、地理学者の青木栄一はこうした伝承のほとんどは文献資料などの根拠を欠いたものであると述べている。
こうした通説の否定を踏まえ、杉山淳一は、目黒駅が大崎から渋谷までのほぼ直線上になった路線上にあることに着目し、目黒川沿いに鉄道を敷いた場合のコストを考慮した上で路線が計画され、結果的に現在の設置場所に目黒駅が設けられたのではないかと推測している[24]。
このような経緯から、当駅周辺では落語「目黒のさんま」に因んで、品川区側と目黒区側の両方で「目黒のさんま祭り」がそれぞれ別の団体によって異なる日に開催されている[注 1]。
駅構造
利用状況
駅周辺

- 権之助坂
- 駅西口側目黒通りの坂の名称で一方通行の上下線に分かれている。ただし下り線は上大崎交差点から目黒駅東口ロータリー出口まで相互通行。下り線は江戸時代に目黒の名主であった菅沼権之助によって開かれた。幕府の意向に反したとの冤罪で処刑されたが、慕う庶民がその名を付けて現在に至っている。上り線の"新坂"は当初存在していなかったが、増加する交通量などに対応するため、1965年以後に住宅地を開いて開通した。
- 権之助坂商店街
- 駅西口前周辺から権之助坂一帯の加盟店舗数250を超える商店街で、権之助坂商店街振興組合として8つの商店会からなっている[35]。
- 行人坂
- 江戸時代のこと、権之助坂ができる前は江戸府内に入るルートとして大鳥神社から太鼓橋を渡り、途中江戸三大大火の一つ、明和9年(1772年)明和の大火(行人坂の火事)の火元となった大円寺を右に見ながら江戸府内へ向かう主道であった。余りの急坂で大八車を引く人々からは不評であった。"権之助坂"が開通して庶民の苦しみは取り除かれた。
- アトレ目黒
- 駅の地上に建設されたJRアトレビルの商業エリア。建物は1967年に建てられ、当時はJR目黒駅ビルが目黒ステーションビル、駅隣のビルが目黒ターミナルビルとなっていた。後年ステーションビルはサンメグロ、ターミナルビルはマイメグロとなり、さらにその後マイメグロはmicと呼称が変更された。2000年には2棟共に改装となり、改装中の休業期間を経て2001年10月には2棟併せてヒルトップガーデン目黒(サンメグロはヒルトップガーデングリーン館、マイメグロはヒルトップガーデンオレンジ館と呼称変更)となった。その後、再び改装を経て2005年12月にこのヒルトップガーデン目黒はATRE1(グリーン館建物がA館、オレンジ館建物がB館となっていた)となっている。2014年2月にB館が閉鎖され、3月にA館がリニューアルオープンし、その後はA館、B館の呼称は使用されていない。リニューアルオープン以降、旧A館の建物のみで営業していたが、旧B館の建物が2017年3月に再オープンした[報道 10]。JR東急目黒ビルの地上はもともと2002年4月からATREとしてオープンしていたが、ATRE1のオープンにともなってATRE2となっている。ATRE2には目黒区の目黒駅行政サービス窓口が設置されていたが、2023年に閉鎖された[注 4][36]。
- 目黒雅叙園
- ホテル、結婚式場、レストラン、保存建築(登録有形文化財)などがある。アニメーション映画『千と千尋の神隠し』の湯屋などを思わせる造りが目を引く。駅から行人坂を下って徒歩で5分から6分程度。
- 大鳥神社
- 太鼓橋を渡って山手通りと目黒通りの立体交差点の横にある。2006年は鎮座1200年にあたっており、記念行事として、同年8月20日に稚児と大人の裃行列、同年9月3日の例大祭には60余年振りの神輿の宮入が執り行われた。初冬には、酉の市がある。
- 学校法人杉野学園
- 杉野服飾大学、ドレスメーカー学院。
- 目黒日本大学中学校・高等学校
- 旧・日出中学校・高等学校。芸能コースが設置されており、在学生・卒業生に多くの芸能人がいる。
- ホリプロ
- 老舗芸能事務所。
- 日の丸自動車学校
- 山手線から教習コースが望める。黒いビルに大きな目立つ赤い球がめり込んでいる。
- EASE NEWYORK(イーズニューヨーク)・EASE PARIS(イーズパリ)
- ニューヨーク・パリの町並みを模した撮影スタジオ。東急目蒲線線路跡地に建設された。
- JR東急目黒ビル
- アトレ目黒2やNTTアド、ビーコン・コミュニケーションズ本社
- 新目黒東急ビル(旧・パイオニア本社跡地)
- スターバックスコーヒージャパン本社
- パークタワー目黒
- 目黒セントラルスクエア
- 都営バス目黒車庫跡地再開発により整備され、オフィス棟とマンション(ブリリアタワー目黒ノースレジデンス・サウスレジデンス)、広場がある。
- 久米美術館
バス路線
都営バス[37]・東急バス[38] により運行される以下の路線が発着する。
東口
都営バスは東口ロータリー内、東急バスは目黒通り上(東行は駅北側、西行は駅南側)に分かれて設置している。停留所名は東急バス西行きのみ「目黒駅東口」、他は「目黒駅前」となる。
| のりば | 停留所名 | 運行事業者 | 系統・行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 目黒駅前 | 都営バス[37] | 品93:大井競馬場前・品川車庫前・都立産業技術高専品川キャンパス前 |
| 2 | |||
| 7 | 東急バス[38] | ||
| a | 目黒駅東口 | 東98:清水・等々力操車所 |
西口
0 - 2番のりばは目黒通り上(駅南側)、3 - 5番のりばは目黒駅西口正面に設置。
| のりば | 運行事業者 | 系統・行先 |
|---|---|---|
| 0 | 東急バス[38] | 黒09:下馬営業所 / 野沢龍雲寺(循環) |
| 2 | 黒06:三軒茶屋駅 | |
| 3 | 黒01:大岡山小学校前 | |
| 3B | 黒01:清水 | |
| 4 | 黒02:二子玉川駅 / 等々力七丁目 | |
| 5 | 黒07:弦巻営業所 |

