からたちの花
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3拍子と2拍子がめまぐるしく入れ替わり[2]、子どもが歌うには声域的にも技術的にも難度が高い[3]。
テンポについては、戦前に出版された楽譜に記載された「4分音符=56」が普及していたが、その後の研究で、1950年発行の日本放送出版協会の楽譜に作曲者の意向が反映されていることがわかり、そこに記載された「ゆるくしずかに やや自由に(8分音符=72~92)」が、作曲者のイメージしたものであるとされる[4]。
鈴木三重吉による赤い鳥運動に参加した山田耕筰と北原白秋は、1922年に雑誌『詩と音楽』を創刊するなど深い親交があり、多くの歌曲を共作している。そのような関係の中から、詞のみ1924年に「赤い鳥」で発表、メロディは1925年に「女性」で発表された。
1925年にソプラノ歌手・荻野綾子(1898年 - 1944年)の[5][6]、1926年に藤原義江の[7]歌唱によるレコードが発売されている。
耕筰は幼い頃養子に出され、活版工場で勤労しながら夜学で学んだ。耕筰は自伝において、工場でつらい目に遭うと、からたちの垣根まで逃げ出して泣いたと述懐している。この歌は耕筰のこの思い出を白秋が詞にしたものである[1]。
歌詞
からたちの花が咲いたよ。
白い白い花が咲いたよ。
からたちのとげはいたいよ。
青い青い針のとげだよ。
からたちは畑の垣根よ。
いつもいつもとおる道だよ。
からたちも秋はみのるよ。
まろいまろい金のたまだよ。
からたちのそばで泣いたよ。
みんなみんなやさしかつたよ。
からたちの花が咲いたよ。
白い白い花が咲いたよ。
歌碑
エピソード
- 各車両ごとに異なる外装デザインを施して2015年10月に運行開始した柳川観光列車「水都(すいと)」の4号車のデザインに、白秋にちなんでからたちの花のデザインが採用された[10]。
からたちの花 (映画)
| からたちの花 | |
|---|---|
| 監督 | 佐伯清 |
| 脚本 | 八住利雄 |
| 原作 | 長谷健 |
| 製作 | 岩井金男 |
| 出演者 | 北原隆 |
| 音楽 | 古関裕而[11] |
| 撮影 | 中尾利太郎 |
| 製作会社 | 日活[12] |
| 配給 | 日活[12] |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 93分[12] |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
長谷健原作、脚本:八住利雄、監督:佐伯清主演:北原隆、音楽:古関裕而[11]。1954年10月26日に日活系で公開。北原白秋の若い頃、柳川時代を描いた作品。この映画で柳川は観光地として有名になった[13]。
スタッフ
以下のスタッフ名は特に記載がない限りKINENOTEに従った[12]。
- 監督 - 佐伯清
- 脚色 - 八住利雄
- 原作 - 長谷健
- 製作 - 岩井金男
- 撮影 - 中尾利太郎
- 美術 - 小池一美
- 音楽 - 古関裕而[11]
- 録音 - 八木多木之助
- 照明 - 河野愛三
キャスト
以下の出演者名と役名はKINENOTEに従った。