からむしII世
From Wikipedia, the free encyclopedia
諸元
- 全長約8.2メートル、最大幅0.64メートル
- 重量約1トン
- 定員5名
- 建造期間2ヶ月
- 1982年進水
- 木造
建造の経緯
隠岐の久見地区、加茂地区、津井地区には縄文期に縄文人が黒曜石を採取して石器の材料とした採石場が存在しているが[1]、これらの地区で採取された黒曜石は本州でも出土している為、縄文人が何らかの舟艇によってこれを運搬したと考えられた。最も有力な説としては、丸太を削りだした丸木舟による海上輸送を行ったというものがあった。
この説の有効性を実証する為、松江市内の小中学校の教員たちの有志が「からむし会」と名乗るNPO組織を結成[2]。千葉市畑町の落合遺跡(現・東京大学検見川総合運動場)から出土した縄文時代の丸木舟をモデルとした丸木舟を建造して、隠岐から本州まで漕走するという計画を立案した[3]。
「からむし会」はまず実物の3分の1の縮小模型(からむしI世と呼ばれる)を製作して丸木舟の性能を検討し、次いで輸入材を私費により購入。丸木舟「からむしII世」を建造した。