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この空の花 長岡花火物語

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『この空の花 -長岡花火物語』(このそらのはな ながおかはなびものがたり)は、2012年4月7日に公開された大林宣彦監督の日本映画作品。1945年の長岡空襲とその後の長岡花火への流れを描いたセミドキュメンタリー映画である。また大林自身初めて全編デジタル撮影により製作した長編劇映画である[1]。

脚本
製作
  • 大林恭子
  • 渡辺千雅
音楽
概要 この空の花 長岡花火物語, 監督 ...
この空の花 長岡花火物語
監督 大林宣彦
脚本
製作
  • 大林恭子
  • 渡辺千雅
音楽
主題歌 伊勢正三「それは遠い夏」
撮影
編集
  • 大林宣彦
  • 三本木久城
製作会社 「長岡映画」製作委員会
配給
  • PSC
  • TMエンタテインメント
公開 日本の旗 2012年4月7日
上映時間 160分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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本作撮影直前に東日本大震災が起きた。それまでの大林映画も「戦争」が常に大きな要素として存在してはいたが、はっきりと戦争を中心的主題とする映画は、本作以降作られるようになった[1]。本作と『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』を合わせて「戦争三部作」と言われる[1]。さらに遺作となる『海辺の映画館―キネマの玉手箱』まで、すべて戦争を正面からテーマとして扱った[1]。当記事では、2週連続の特別番組である『この空の花2015 70年目の夏』(このそらのはな2015 70ねんめのなつ)についても記述する。

ストーリー

新潟県長岡市を訪れた、女性新聞記者・遠藤玲子はさまざまな人と出会い不思議な体験をする。2004年の新潟県中越地震を乗り越え復興した長岡市は、2011年の東日本大震災のときはいち早く被災地を援助した。その地を取材するため、また、元恋人から届いた手紙に引き寄せられ、玲子は長岡市を訪れた。『まだ戦争には間に合う』という舞台を書いた女子学生・元木花を中心に、長岡空襲からはじまる長岡市の記憶が鮮やかに蘇る。

2011年4月、新潟県長岡市の高校で演劇部の顧問をする片山健一は、女子部員・元木花が書いた脚本『まだ戦争には間に合う』を見せられる。花は以前、新聞で『まだ戦争は間に合う』という戦争に関する連載記事を読んで感銘を受け、記者・井上和歌子に舞台公演の許可をもらっていたのだった。健一は、花の脚本の太平洋戦争の長岡空襲と街の復興後から始まった長岡花火を題材にした内容に興味が沸く。舞台公演は長岡花火の開催日である8月2日に、柿川の平和の森公園で行われることが決まった。

6月、かつての恋人・遠藤玲子のことがふと頭によぎった健一は、熊本県で暮らす彼女に手紙で舞台公演と長岡花火を観に来るよう誘う。その手紙で「長岡花火は、長岡空襲で死んだ人への慰霊の花火、祈りの花火」と知った玲子は、もう少し長岡という街について知るため地元新聞を取り寄せる。そこには和歌子が書いた『まだ戦争には間に合う』の記事や、長岡が2004年に中越地震を経験したことから今年の3月11日に起きた東日本大震災関連の記事も載っていた。戦争、長岡花火、震災に興味を持った玲子は、7月下旬に約2週間の予定で長岡を旅することを決める。

7月20日、長岡に訪れた玲子はタクシー運転手から1945年の同じ日に米軍により模擬原子爆弾が投下された話や、同じく66年前の8月1日の長岡空襲で多くの人が亡くなった話を聞く。これまで平和な日常しか知らなかった玲子は、「長岡では現在でも時々、空襲の時の不発弾が見つかる」と知って驚きを隠せない。7月21日、玲子が新聞を読むと、東日本大震災の福島の被災者に対する「福島原発事故による内部被ばく調査開始」との記事に目が留まる。

和歌子に電話をした玲子が、長岡の記事で過去の戦争や震災に興味を持ったことを伝えると、それらにまつわるいくつかの場所を和歌子が案内してくれることに。「長岡花火を観たことがない」という玲子に、和歌子は毎年8月1日から3日間長岡まつりが開催され、1日には慰霊の花火としてサイレンが鳴ったあと3発だけ打ち上げられ、2日・3日に大花火大会が行われることを教える。

7月24日、和歌子に連れられて中越地震で沈んだ山古志(長岡市)の一区画に訪れた玲子は、当時日本中から受けた温かい支援を忘れないため、倒壊家屋がそのまま保存されていることを知る。また長岡は、過去の戊辰戦争と太平洋戦争で2度焼失しながらも、その都度地元住民がお互いに助け合って復興してきた。玲子は長岡の人たちの明るさとたくましさ、深い郷土愛を知り、彼らが長年大事に守ってきた美しい自然風景に感動を覚える。

7月25日、玲子と和歌子は,太平洋戦争時代をよく知る専門家の案内で山本五十六の墓や記念館を訪れ、五十六の人物像や戦時中について詳しい話を聞く。専門家は彼女たちに、「太平洋戦争は1945年に終結して世界が平和になったと言うが、現在日本を含めた世界で色んな意味で戦争はまだ終わっていない」と告げる。また、玲子は柏崎原発職員を父に持つ少年に出会い、福島原発事故を踏まえた彼から「最近友だちと、原子力発電所と将来どう向き合うべきかを考えるようになった」との話を聞く。

一方健一は長岡花火大会に関連する理事会に所属していたが、玲子と同じく太平洋戦争について詳しく知らなかった。健一はベテラン花火師に会って彼が出征兵士だった戦時中の話や、長岡花火の歴史について話を聞く。健一は、祈りの花火である長岡花火が平和を願う先人たちによって終戦後から現在まで受け継がれてきたことを感慨深く思う。太平洋戦争と長岡花火について知識を深めた健一は、公演会場である平和の森公園で熱のこもった演技指導をし、花たち演劇部員も本番に向けて懸命に稽古に励む。

7月26日、和歌子と玲子は小学校に訪れ、戦争体験者の高齢女性・元木リリ子がする長岡空襲の体験談の紙芝居を子供たちと一緒に見る。当時リリ子には幼い娘・花がいたが長岡空襲により亡くし、心の中で悲しみを抱えながらもこれまで頑張って生きてきた。紙芝居を終えたリリ子が帰りに平和の森公園に立ち寄ると、舞台稽古の休憩中の花から声をかけられる。戦争と長岡花火を題材にした舞台公演をすると聞いたリリ子は、目の前の少女が自分の娘と同じ“花”という名前であることを知り、親近感を持つ。

玲子は色々と案内してくれた和歌子にお礼を告げて別れた後、7月28日に長岡戦災資料館に訪れる。玲子は職員の説明を受けながら、体験者が描いた戦災の絵や、戦禍を生き残った建造物の写真などを見て回る。職員から「しかしこれらの風情ある建物もその後高度経済成長やバブル景気に人々の価値観が変わり、古くからあった日本の文化と共に徐々に失われていった」と知らされる。続けて玲子は、「今年東日本大震災が起きたことで『これから自分たち日本人はどう生きるべきか?』、『本当の豊かさとは何か』を問われているのかもしれない」と告げられる。

しかし新潟で7月29日から降り出した雨は記録的な豪雨となり、信濃川が氾濫して長岡花火の会場が水浸しになって開催が絶望的になる。だが長岡市長は集まった報道陣に対し、「長岡花火は追悼と平和の祈りのメッセージが込められている。どんなことがあっても打ち上げる!」と表明する。7月31日、市長に応えるように市民は一致団結して徹夜で信濃川の泥をかき出して会場を整備し直し、願いが通じたのか雨は奇跡的に上がって長岡花火の開催が決定する。

8月1日に長岡まつりが始まって柿川では灯籠流しが行われ、街の大通りでは地元住民が法被を着て神輿を担いだり、浴衣姿で列をなして踊りながら練り歩く。その頃宮城県石巻市で東日本大震災からの復興を願うフェニックス花火が打ち上がり、その映像が長岡でも中継された。そして66年前の長岡空襲が起きた時刻である22時30分にサイレンが鳴り響き、3発の真っ白い三尺玉の慰霊の花火が空に打ち上げられる。舞台稽古を終え、あとは明日になるのを待つだけとなった健一と花は『まだ戦争には間に合う』が上演できることへの感謝の気持ちをお互いに伝え合う。

8月2日の夕方を迎え、公園には玲子たち観客が集まり、健一も少し離れた場所で花たち生徒を見守る形で、演劇部の『まだ戦争には間に合う』が上演される。劇では、米軍による空襲の中人々は逃げ惑い、ある者は無惨に死に、ある者は命からがら助かった。戦時中空から降ってくる爆弾として人々を恐怖に陥れた火薬は、終戦後は空を美しく彩る花火となって人々を笑顔にさせた。物語の終盤、花たちは観客に「かつて長岡では戦争や地震によって多くの人が亡くなった。それでも人々の勇気や周りの人の優しさに励まされて街は復興した。私たちはこの大切な記憶を次の世代に伝えていく。皆で空に花を咲かせましょう」とのメッセージを伝える。

夜になり、玲子や健一、花たちは、夜空に打ち上がった大輪の花のような無数の花火を見ながら、それぞれ平和を祈ったり自分の人生を見つめ直す。その頃自宅で1人過ごしていたリリ子の脳裏に、18歳の姿となった娘の花が現れ、しばしの間母子の会話をして娘は姿を消す。一方密かに玲子とよりを戻すことを考えていた健一は彼女の姿を見つけるが、彼女のことは青春の1ページとして心にそっとしまい、声をかけずにその場を後にする。この数日間長岡で見聞きしたことを通じて様々な知識を得た玲子は、「自分は社会とどう繋がるべきかをじっくり考えたい。世界や未来のことにももっと目を向けよう」と考え、まずは東日本大震災の被災地を訪ねる決心をするのだった。

キャスト

遠藤玲子
演 - 松雪泰子
天草市の「天草日日新聞」の新聞記者。長崎県出身だが、現在は熊本県天草市の実家で暮らしている。過去の戦争で両親は長崎の原爆で被爆しており、自身は被爆二世。ただし、戦争を知らずに生まれ育ったため、これまで「戦争なんて自分には関係ない事」と思って生きてきた。若い頃に恋人・片山健一が暮らす東京のアパートで同棲していたが、1993年のある日突然自身から別れを告げて破局し、実家に帰った。
本作の冒頭で長岡市に住む健一から手紙で「長岡空襲を題材にした舞台を観に来ないか」と誘われた後、長岡を知るため地元新聞を読む。舞台の題材が戦争であることと自身の生い立ちに絡んで戦争に興味を持ち、7月19日に自宅を出て長崎の原爆資料館、広島の原爆ドームを見学してから長岡に向かう。また、長岡の新聞で東北大震災の記事もいくつか読んだことから震災についても強い関心を持つようになる。
片山健一
演 - 髙嶋政宏
玲子のかつての恋人。現在は、長岡市山古志の実家で暮らしながら、長岡市内の「中越高等学校」で教師として働いている。授業の担当科目は不明だが、演劇部顧問を担当。今年起きた東日本大震災のニュースを見て自分の中で時が止まり、ふと玲子のことが頭をよぎって密かによりを戻すことを願い、夏の始めに手紙を出す。長岡花火の名物花火の一つである中越地震復興の花火「フェニックス」の理事会に所属し、大会運営の資金集めなどを担当。「長岡は戦災により多くの人が犠牲になった街だから、戦後生まれの自分たちも戦争を学んで未来に伝えていく義務がある」との考えを持つ。
健一が参加したフェニックス花火の会合で、今年は東日本大震災が起きたため花火の自粛の可能性もあったが、震災で身内を亡くした参加者の1人が、「こんな時だからこそフェニックス花火で励まされる人もいる」と意見を述べたことで今年も開催することが決まるという経緯がある。
元木花
演 - 猪股南[注 1]
中越高等学校の女子生徒で、演劇部に所属。18歳。本作の冒頭(2011年4月)、自身が書いた演劇の台本『まだ戦争には間に合う』を健一に読んでもらったことで、演劇部で公演することが決まる。ちょっと謎めいた少女で、健一からはなぜか「おかしな話だが、それまでこの生徒がいる記憶はなかった」と言われている[注 2]。一輪車に乗ることが得意で、作中では様々な場面で一輪車に乗った状態で登場している[注 3]。地元新聞記者の井上和歌子の『まだ戦争には間に合う』の記事を読み、同タイトルで舞台公演の許可と新聞での公演の告知キャンペーンへの協力をお願いする。ベテラン花火師・野瀬清治郎から若い頃にシベリア抑留された話や、亡くなった戦友のために1990年にアムール川で追悼の花火を打ち上げた話をされる。
井上和歌子
演 - 原田夏希
新潟日報社長岡支社の報道部記者で、現在は戦災や震災に関心を持つ。玲子より数歳年下。山古志に住む男性と付き合っていたが、最近フラレたばかり。この話を玲子にしたところ、彼女から「健一の元恋人」と誤解される。髪型は、以前は腰までの長さのロングヘアだったが、失恋した哀しみを忘れるため、心機一転ボブヘアにした。
これまで新潟日報で『まだ戦争には間に合う』と題して戦争体験者による体験インタビューの連載記事や、中越地震を経験したことから今年起きた東日本大震災に関する記事を書いてきた。長岡に旅行に来た玲子から連絡を受けて初対面し、「友だちになりたい」と言う彼女と仲良くなり、「玲子姉さん」と呼び始める。玲子を平潟神社に案内して戦時中の長岡について語ったり、東北大震災についての自身の考えなどを伝えたり、専門家から戦時中について話を聞くなど、彼女と共に戦争や震災について色々と知識を深める。

玲子が出会う主な人たち

村岡秋義[注 4]
演 - 笹野高史
「長岡タクシー株式会社」のタクシー運転手。長岡市にやってきたばかりの玲子をタクシーに乗せ、市内を数か所案内する。自身は戦後生まれだが、親などから聞いた戦時中の長岡の話を玲子に色々と教える。車中で玲子から東日本大震災当時のことを尋ねられる。玲子を左近のとある土手[2]に案内し、1945年7月20日午前8時13分にアメリカ軍に落とされた模擬原子爆弾[注 5]や、同年8月1日に焼夷弾により長岡が甚大な被害を受けたことを伝える。また、新潟市は本物の原子爆弾の投下予定地だったことも玲子に伝える[注 6]。
松下吾郎
演 - 筧利夫
村岡、三島の知人。ヤーコン農家で、本人は「いも掘り屋」を自称。叔母(または伯母)は、戦時中左近に落ちた模擬原子爆弾の犠牲者なこともあり、模擬原子爆弾の慰霊碑を作ったメンバーの1人。三島ほどではないが、焼夷弾についてそこそこ知識がある。ヤーコンの畑の地中から不発弾の集束焼夷弾の子弾を見つけて軽トラックで持って行く途中、左近の慰霊碑前で村岡と玲子の会話に加わる。長岡では、他の人の畑などからも時々不発弾が見つかることがあることを玲子に伝える。趣味はトライアスロンで、作中のいくつかの場面で走っている。
三島貴
演 - 池内万作
戦史研究家で、長岡市にある戦災資料館で働く。村岡、松下の知人で、左近に慰霊碑を作ったメンバーの1人。長岡市にやって来たばかりの玲子に、過去の戦争でB29が搭載した焼夷弾やE46集束焼夷弾の子弾の仕組みや、焼夷弾が長岡に16万3,000発落とされたことなど詳しく説明する。数日後戦災資料館に訪れた玲子に、展示されている実寸大の集束焼夷弾の模型を見せたり、同資料館が今年からアリゾナ州にある資料館と交流し、真珠湾攻撃で被害を受けたアメリカとお互いに戦争の痛みを共有するようになったことを伝える。他にも玲子に、戦争体験者が描いた戦災の絵や、戦災を免れた長岡の建造物の写真展示室などに案内し、戦後の経済発展と人々の価値観の変化、失われた日本文化を交えて色々と解説する。
羽生善治郎
演 - 油井昌由樹
山本五十六記念館の戦史研究室室長。和歌子の案内で自身に戦時中について話を聞きに来た玲子に、詩人・堀口大學の第五福竜丸事件[注 7]に関連する詩「新春 人間に」について説明する。和歌子と玲子を山本五十六の墓や記念館を案内し、第二次世界大戦について色々と[注 8]解説する。27歳の頃にアメリカに訪れたが、過去に真珠湾攻撃で家族を失った男性から日本人の1人として暴言を吐かれたことがある。

野瀬家

野瀬清治郎[注 9]
演 - 柄本明(青年時代 - 内田周作)
大御所花火師で、作中では「伝説の長岡花火師」と称されている。88歳。「フェニックス花火」のメンバーである健一が世話になっている。現在の花火製作で使われることが多いクラフト紙と違い、自身は長い繊維が特徴の和紙を使って花火を作ることにこだわりを持つ。ある時自宅にやって来た健一に、野瀬家が花火を作るようになったきっかけ、自身の戦時中の話、長岡花火などについて話を聞かせる。鑑賞する花火としては、ゆっくりしんなり開く花火が好き。猫舌なため、熱い食べ物や飲み物が苦手。
子供時代は、祖父・鶴吉にかわいがられていた影響でやんちゃな性格だったため、家業の火薬を盗んでは池に棲むハヨ(ハヤ)を捕まえて食べたり、簡易の打ち上げ花火を作って遊んでいた。太平洋戦争では、昭和18年(1943年)に歩兵として出征した後、松輪島(北方四島とカムチャツカの間の島)でアメリカ軍の空爆を避けながら、伝令係として森の中を走り回った。終戦後にシベリアでの3年間の抑留生活を経て何とか帰国した。
野瀬ヤエ
演 - 根岸季衣
清治郎の妻。野瀬家に嫁いだ頃から客人や清治郎の休憩時に食べ物でもてなすのが好き。作中で自宅にやって来た健一と伸子に美味しいメロンやショートケーキや紅茶を出し、人懐こそうに「たくさん召し上がって」ともてんす。清治郎からは、「身のこなしが、ましら(猿)みたい」と評されている。1951年に清治郎と結婚し、同年に夫が正三尺玉の戦前以来の復活花火の打ち上げに成功したことは良い思い出となった。
野瀬富美子(ふみこ)
演 - 星野知子
清治郎とヤエの娘。普段は、清治郎が作った打ち上げ花火の、筒の設置作業などを手伝っている。健一が野瀬家に訪れた際、過去に清治郎が有名画家の山下清だと気づかずに彼を追っ払った話をする。
野瀬鶴吉/清治郎のひいお爺さん
演 - 犬塚弘(一人二役)
鶴吉は清治郎の祖父。故人。享年84歳。先祖は平家の落人で、自身は豪農だった。年は取っているが威勢の良い人物で、戦時中は土手にある防空壕の上に立ち、上空に爆撃機が来る中「矢でも鉄砲でも持って来い!アメリカに負けてたまるか!」と地元住民を奮い立たせるようなことをしていた。ある年の夏に神社に花火2発を奉納した後、酒を飲んで眠ったがそのまま亡くなった。
ひいお爺さん(清治郎の曽祖父)は、太い立派なまゆ毛が特徴。明治時代の戊辰戦争で長岡城が落城する際、長岡藩士・椰野弥五左衛門から形見として桐ダンスをもらった。その中に火薬の調合帳があったことから花火を作るようになり、以後野瀬家の息子たちが花火師となるきっかけとなった。
野瀬真
演 - 片岡鶴太郎
清治郎の父。故人。真面目な性格で酒を飲まず、副業として花火師をしていた(本業は不明)。普段は穏やかな性格だったが、子供時代にやんちゃだった清治郎に、「乃木大将みたいな立派な人になれ!」とよく言っていた。1951年に正三尺玉花火用の鉄の筒が見つかった時は、市職員からの頼みを受けて清治郎と三尺玉花火の打ち上げ復活に協力した。

健一が働く高校の関係者

高橋良
演 - 森田直幸
福島県南相馬市出身の転校生。東日本大震災で被災した後、近隣の双葉郡にあった福島原発の事故の影響もあって自宅に住めなくなり、長岡の中越高等学校に転校してきた。いつか南相馬市に帰れるようになることを願っている。2011年6月下旬、長岡の田舎道で一輪車に乗る花と偶然ぶつかったことで知り合い、交流するようになる。ある日花が所属する高校演劇部の『まだ戦争には間に合う』の舞台稽古を見ながら、そばにいた健一から「長岡に生まれた者の1人として戦争を学んで子どもたちに伝える義務がある」との話を聞く。舞台公演当日、一般客に混じって花たちの演技を鑑賞し、平和を願う彼女たちのメッセージに共感する。
中畑二郎教頭
演 - ベンガル
健一と同じ高校の教頭。以前は新潟市に住んでいた模様で、これまで長岡花火を見たことがない。休憩時間に職員室で健一や同僚教師から長岡花火について話を聞く。家族は妻、娘と息子がいる。
渥美正二郎先生
演 - 細山田隆人
健一と同じ高校の同僚教師。伸子からは「雑学博士」と評されており、ある日職員室で花火の色を構成する火薬の種類や調合の仕方などについて詳しく語る。三味線が弾ける。
里中伸子先生
演 - 勝野雅奈恵
健一と同じ高校の同僚教師。ある日学校の休憩時間に、職員室で健一たちと長岡のフェニックス花火について話す。健一と共にベテラン花火師の野瀬清治郎の自宅に訪れ、彼から野瀬家の当主が代々花火師になった経緯や、長岡花火の成り立ちなどについてじっくり話を聞く。

和歌子の取材を受ける戦争体験者

吉沢ヤス
演 - 角替和枝
74歳。自身が10代の頃に目の当たりにした平潟神社の境内の防空壕での辛い体験談を語る。
新開純夫
演 - 品川徹
75歳。戦時中の1945年8月1日の長岡空襲で亡くなった父や姉の状況について語る。
本村保成
演 - 並樹史朗
75歳。画家。戦時中(自身が11歳の頃)に親しかった親戚のヨネ婆さんについて語る。
山藤好江
演 - (役者名不明)
66歳。専業主婦。母や兄から聞いた長岡空襲での状況を伝える。1945年7月28日生まれで、その4日後に市内の産院にいたところ長岡空襲に遭い、乳児だったためその記憶はないが、母などから聞いた当時の状況を語る。その空襲では母と一番上の兄は無事だったが、自宅にいた父、他の兄と姉、身を寄せていた親族の計6人を亡くしている。
佐藤文彦
演 - 高橋長英
81歳。牧師。長岡空襲の後、柿川に母がいると聞いて兄と駆けつけ、変わり果てた姿の母との対面について語る。1年前の「ながおか平和フォーラム」では、客席の中学生たちに海外の慰安婦など戦争の犠牲者について講演を行った。
髙田晶
演 - (役者名不明)
71歳。サックス奏者で、死んだ兄の形見であるサックスを愛用している。戦時中に見つけた兄の遺体とサックスや、終戦直後に自宅焼け跡にあった焼夷弾の信管の爆発事故により、左手の先を無くした。

その他の人たち

元木リリ子[注 10]
演 - 富司純子(戦時中 - 寺島咲)
87歳。戦争体験者。和歌子の取材を受け、長岡空襲で亡くした1歳半の娘・花のことを語る。ある日長岡の小学校に訪れ、玲子と和歌子が見学する中、「あの日の記」と題した紙芝居を用いて小学生たちに長岡空襲の体験談を語る。その日の帰りにたまたま平和の森公園に立ち寄ったところ、舞台稽古の休憩中の花から話しかけらて会話する。打ち上げ花火は、「ドン!」という大きな音や空から火花が落ちてくる感じが戦時中の空襲を思い出すため苦手。このため長岡花火の当日は自宅で花火の音が聞こえないよう両手で耳を覆ってじっと耐えるが、そこに現れた18歳に成長した花と会話する。
高山忠彦
演 - 尾美としのり
リリ子の父。故人。1945年7月下旬、リリ子の夫が勤労奉仕で夜遅くまで帰らない中、1歳半になる孫娘・花を見るため田舎から泊りがけで出てきた。そのまま同年8月1日の夜に長岡空襲が起きたため、リリ子たちと避難する。
山下清
演 - 石川浩司
故人。冒頭で、自身の「みんなが爆弾なんかつくらないで、きれいな花火ばかりつくっていたら、きっと戦争なんか起きなかったんだな」という言葉(テロップ)が表示されるシーンで歩く映像として登場する。石川は、作中では現在(2011年)のシーンにも登場している[注 11]が、山下清とそっくりな格好をした別人の役の設定なのかは不明。野瀬家の壁には、自身が作った「長岡の花火」の貼絵が飾ってある。
遠藤薫
演 - 藤村志保(娘時代 - 蓮佛美沙子)
玲子の母。故人。長崎出身。13歳だった1945年8が9日に、長崎で原子爆弾に被爆した。2009年頃に病死した模様(病名は不明)。晩年は天草市牛深の実家で玲子と過ごし、療養生活を送りながら牛深ハイヤ祭りの練習をするなど穏やかに暮らしていた。玲子が新聞記者の仕事をしていることをあまり気に入っていない。
花形十三朗
演 - 草刈正雄
故人。長岡空襲の戦災一周年にあたる1946年8月に長岡復興祭を開いた。作中では、後にNST(新潟総合テレビ局)の社長になった人物とされる。学校の講堂に集めた地元住民の前で、長岡藩藩士・小林虎三郎の話を引用し、「戦災復興のためには小林の米百俵の精神で子どもたちの未来や幸せを第一に考えていく必要がある」と訴えかける。
森民夫
演 - 村田雄浩
現職(2011年)の長岡市長。7月29日頃から数日間大雨が降り続き、7月30日に市庁舎前に集まった報道陣が長岡花火の開催を不安視する中、「長岡花火は死者を追悼し、平和を祈るメッセージである」と主張する。長岡まつりで地域住民たちと踊りながら車道を練り歩き(長岡甚句と思われる)、隣で踊る羽生と「12月8日に真珠湾で行われる日米合同の追悼の花火の打ち上げ」について語り合う。
畑山瑠衣
演 - 草刈麻有
弓削希美
演 - 山崎紘菜
曽根晋太郎
演 - 小林優斗
元木忠夫
演 - 厚木拓郎

スタッフ

  • 監督・撮影台本 - 大林宣彦
  • 製作 - 大林恭子(PSC)、渡辺千雅(「長岡映画」製作委員会)
  • 脚本 - 長谷川孝治、大林宣彦
  • 主題曲 - 久石譲
  • 編曲指揮 - 山下康介
  • 撮影 - 加藤雄大、三本木久城、星貴
  • 美術監督 - 竹内公一
  • 編集 - 大林宣彦、三本木久城
  • 衣装 - 岩崎文男
  • 制作担当プロデューサー - 山崎輝道
  • 製作 - 「長岡映画」製作委員会

音楽

製作

企画

大林は昔から花火は好きで、作品にも登場させているが、開催日を土日曜に定めた客寄せにイベント、花火大会は大嫌いだった[3]。友人に長岡の花火に誘われたとき、「週末は用事があるから」と断ったら、「今年は水、木曜日。毎年8月1日に始めて、2日、3日とやるんです。雨の日でもやるんですよ。その日でないと意味が無いから」と言われた。それで初めて長岡の花火が、1945年8月1日の中心部市街地の八割が焼失した長岡空襲の追悼の花火だと知った[3]。それで花火を夫婦で見に行き、一緒に見た森民夫市長から「空襲で両親を亡くしたり、背中の赤ん坊を失った人は、未だに長岡の花火を見ることが出来ません。じゃあ、なぜそんな怖い花火を上げるかというと、私たちは一番忘れたいことをしっかりと心にとどめておくように、次に生きる子どもたちに伝えないと、また同じ過ちを犯してしまう。だから毎年、同じ日、同じ時期に花火を上げるんです」と聞いた[3]。この言葉に感銘を受けた大林は「これは映画にしなくてはいけない」と、それまで全く知らなかった長岡の歴史を調べた。この時「散開」という言葉を知った。「花火は下から打ち上げて、空で散開して祈りの花火になるが、同じ火薬を上から落とすと爆弾になってしまう。戦争による爆弾は敵を滅ぼし、経済を生むため、世界は花火より爆弾の方が多い。しかし、人間に爆弾をつくる力も花火をつくる力も同等にあるならば、爆弾ではなく、花火をつくる方向に向かおう」というのが本作のテーマという[3]。

キャスティング

弓削希美役で出演する山崎紘菜は本作が初めてセリフのある役[4]。オーディションに合格して役を勝ち取ったが、出演シーンの撮影は数日で終わった[4]。大林監督から「自分の出番以外も、現場にいることで分かることもあるよ」と言われ、そのまま1ヶ月長岡に滞在し、映画製作をずっと見た[4]。当時から女優をメインにやっていきたい気持ちはあったが、「本当に1から大林監督に教わった気がする」などと話している[4]。

石川浩司の山下清役キャスティングは、大林監督の娘・大林千茱萸が当時石川が在籍していたバンド「パスカルズ」のファンで[5]、石川に直談判して出演してもらった[5]。石川はたま解散後は、ランニングシャツは封印していたが、映画のために一肌脱いだ[5]。2014年の『野のなななのか』で、野の楽師として「パスカルズ」が出演しているのもこの縁[5]。石川は久しぶりに着たランニングシャツの着心地がよく、以降ランニングシャツを復活している[5]。

影響

大林宣彦は尾道出身の広島県人ではあるが、尾道は広島原爆の爆心地からは遠く、実際に空襲に遭うこともなく、今一つ自分のところには戦争が降りてきていないような、このままでは戦争を題材とする映画は撮れないのではという、忸怩たる思いを持っていた[5]。本作のシナハンで長岡戦災資料館に行き、悲惨な展示資料に見学後グッタリしていたとき、ある人が悪意もなくサラリと「勝つ戦争は面白かったんだよ」と言った[5]。大林の心にこの言葉がゴツンと落ちたといわれる[5]。以降、晩年を戦争をテーマに前景化させていく[5]。

テレビ放送

テレビ放送バージョンとして本編を前後編に分割の上1時間20分に再編集し、新規シーンとしてプロローグ・エピローグの追加とドキュメントパートを増補した『NST終戦70周年特別番組・この空の花2015 70年目の夏』のタイトルで2015年8月18日と8月25日の2週にわたり19:00 - 20:54にNSTにて新潟ローカルで放送された。

関連項目

脚注

外部リンク

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Timelines

Top Qs

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