そして3人が残った
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| 『そして3人が残った』 | ||||
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| ジェネシス の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 |
1977年9月-10月 オランダ 北ブラバント州ヒルファーレンベーク リライト・スタジオ | |||
| ジャンル | プログレッシブ・ロック、ソフトロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | カリスマ・レコード、アトランティック・レコード | |||
| プロデュース | デヴィッド・ヘンツェル、ジェネシス | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ジェネシス アルバム 年表 | ||||
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| ミュージックビデオ | ||||
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『そして3人が残った』(原題:...And Then There Were Three...)は、イギリスのプログレッシブ・ロック・バンド、ジェネシスが1978年に発表した9作目のスタジオ・アルバム。タイトル通り、ジェネシスは本作より3人編成となった。
スティーヴ・ハケット脱退後、バンドは新しい正式メンバーを加えずベーシストのマイク・ラザフォードがギターも兼任することになった。ライヴにおいては、当初はラザフォードがギターを弾きアルフォンソ・ジョンソンをサポート・ベーシストに迎える案もあったが[10]、最終的にはダリル・ステューマーがサポート・メンバーとして参加し、曲によってギターとベースをラザフォードと交代で演奏した。
ジャケット・デザインは、『眩惑のブロードウェイ』(1974年)以降のスタジオ・アルバムに携わってきたヒプノシスが引き続き担当した。ヒプノシスのメンバーであったストーム・ソーガソンのインタビューによれば、たいまつ、自動車、タバコの光の跡によるストーリーを表現しようとした内容だが、ソーガソン自身は失敗作と語っている[11]。
反響
全英アルバムチャートでは32週にわたってチャート・インし、最高3位に達した[2]。本作からの第1弾シングル「フォロー・ユー・フォロー・ミー」はジェネシスのシングルとしては初めて全英シングルチャートでトップ10入りを果たし、最高7位に達した[2]。続いてシングル・カットされた「メニー・トゥー・メニー」は全英43位に達した[2]。
アメリカのBillboard 200では14位に達して初のトップ20入りを果たし[6]、「フォロー・ユー・フォロー・ミー」はBillboard Hot 100で23位に達して、初の全米トップ40シングルとなった[12]。