ほんきかしら
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当時コロムビアのディレクターであった酒井政利が島倉を「泣き節」のイメージから脱却させるべく、岩谷時子に作詞を依頼、岩谷が島倉の作品に初めて起用された。大手レコード会社が作詞家・作曲家を囲いこむ専属制度のあった当時としては、コロムビアがレコード会社と契約していない岩谷[1]に依頼することは異例であったという[2]。
酒井が以前プロデュースした島倉の「赤坂の夜は更けて」は商業的に失敗したが、こちらはレコード売上で成功した[3]。通算売上は60万枚[4] 。
歌詞の一部は男性コーラス(岡田みのるとヤング・トーンズ)が歌唱している。同年の「第17回NHK紅白歌合戦」でも歌唱されたが、男性コーラスの部分は女性コーラスに置き換えられた。
1977年9月1日には「ミリオン・カップル・シリーズ」で「愛のさざなみ」とのカップリング盤(NK-77)が発売された。
1993年放送の武田薬品工業「ハイシーL」のテレビCMで桐島かれんが4人の外国人男性のコーラスと共に歌唱していた[5]。