島倉千代子

日本の女性歌手 (1938-2013) From Wikipedia, the free encyclopedia

島倉 千代子(しまくら ちよこ、1938年昭和13年〉3月30日 - 2013年平成25年〉11月8日[1])は、日本の演歌歌謡曲歌手東京府東京市(現在の東京都品川区北品川出身[2]日本音楽高等学校卒業。愛称は「お千代さん」[3]

生誕 (1938-03-30) 1938年3月30日
概要 島倉 千代子, 基本情報 ...
島倉 千代子
1956年
基本情報
生誕 (1938-03-30) 1938年3月30日
出身地 日本の旗 日本東京都品川区
死没 (2013-11-08) 2013年11月8日(75歳没)
日本東京都目黒区東京共済病院
学歴 日本音楽高等学校卒業
ジャンル 演歌 歌謡曲
職業 歌手
活動期間 1954年 - 2013年
レーベル 日本コロムビア[注釈 1]
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生涯

デビュー以前

1938年3月30日(水曜日)、品川区北品川に警察官の父・島倉壽雄としお、母・ナカの二男四女の四女として生まれる。

1945年(7歳)、長野県松本市へ疎開。両親の実家がある群馬県桐生市にも、半年間疎開していたことがある。井戸から水を運ぶ途中に転倒、水の入ったビンを割り、左手首からひじまでを負傷。母・ナカが「女の子だから(腕を)残して欲しい」と医師に懇願し、切断は免れたが47針を縫い[4]、感覚も無く、動かすこともできなくなる(後に不自由ながらも動かすことができるようになる)。この時の輸血がC型肝炎の遠因となった。気持ちの沈んだ千代子のために母・ナカは『リンゴの唄』を聞かせるようになる。

1947年(9歳)、東京に戻る。姉の敏子も歌が得意であったが小児麻痺を患っていたために歌手にはなれなかった。大好きな姉のために自分が歌手になると決意。敏子により声楽を学び、近所の「若旦那楽団」に入団。左手に負担の無いアコーディオンを担当。歌唱力があったためボーカルにも起用されていた。地元の品川神社で催されたのど自慢大会には毎回姉妹で参加していた。

1949年3月、童謡『お山のお猿』がテイチクレコードから発売される。ただし誤植により「戸倉千代子」名義となってしまったため、「島倉千代子」のデビュー作とはならなかった[5]

1950年代

1953年(15歳)、品川区の私立日本音楽高等学校(現・品川学藝高等学校)へ入学。歌謡コンクールにも参加するようになる。1954年、コロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、同社と専属契約。

1955年3月[6](16歳)、本名「島倉千代子」で歌手デビュー。デビュー曲『この世の花』(同名の映画の主題歌)は、コロムビア・ローズがレコーディングする予定であったものの、都合がつかず島倉に回ってきたものであった[7]。同曲は半年後に200万枚を達成、人気歌手になる。1955年23曲・1956年34曲・1957年37曲・1958年33曲という速さで新曲を発表した。

1957年(19歳)、『東京だョおっ母さん』が150万枚のヒット。NHK紅白歌合戦NHK総合ラジオ第1#NHK紅白歌合戦出場歴参照)に初出場。当時大卒サラリーマンの給料が1万円であったが、千代子は常に財布に2000円入っていた。この年の3月、島倉を殺害しようとした16歳の無職少年が逮捕される[4]

1958年(20歳)、港区高輪(北品川の隣町)に一戸建てを購入。同年には『からたち日記』が130万枚のヒットとなった。

1960年代

島倉千代子の墓碑の背面

1960年(22歳)、美空ひばりとともに『つばなの小径・白い小ゆびの歌』を発表。同年、ひばりを抑えて初めて紅白の紅組トリを務める。

1961年(23歳)、ファンの投げたテープが両目に当たって失明の危機に陥った[4]。1962年(24歳)、後援会事務所に爆発物が送りつけられ、負傷者が出る(草加次郎事件[4]

1963年(25歳)、父・壽雄が他界。悲しみにくれるなか、支えてくれた元阪神タイガース藤本勝巳と母親の反対を押し切って結婚。結婚前に妊娠したが中絶、結婚後も二子をもうけたが中絶した[8]。3度の妊娠中絶は仕事や経済面が理由であった[9]。後年、この3人の子を合わせて「忍」と名付け、その名を小さな地蔵に付けて肌身離さず持ち歩いた。島倉の墓碑にも千代子と並んで忍の名が刻まれている[10]

1968年(30歳)、藤本勝巳の事業失敗による8000万の借金を背負うのと引き換えに離婚。 [11] [12] 反対を押し切って結婚したために実家を門前払いされ、自分だけの戸籍を作る。 同年『愛のさざなみ』がヒットし、第10回日本レコード大賞・特別賞を受賞。

1970年代

1972年(34歳)、母・ナカが脳軟化症により他界。

1975年(37歳)、以前かかった眼科医に頼まれ実印を貸す[8]。その知人だけではなく、マネージャーや面識のない赤の他人まで多数の人々の保証人にされてしまう。島倉を保証人に借金を重ねた人々はその後行方不明になり、その借金が雪だるま式に膨らんでいき総額16億円の借金を抱えた。後に美空ひばりから「実印は貸すな」と注意を受けたという。この借金の整理の過程で細木数子と知り合い、以後しばらく細木が島倉のマネージャーを務めた[13]

1977年(39歳)、島倉に手形の裏書をさせていた守屋義人が事業に失敗して、不渡り手形を出し蒸発。島倉は借金の連帯保証人にされ、これにより更に2億4000万円(当時判明分)の債務を負う。写真集の発売や全国各地のキャバレー回りや地方興行などをしながら、足掛け7年ほどで20億近くの借金を完済した。このような活動をしている最中でも島倉の人気は衰えず、NHK紅白歌合戦出場を続ける。1980年頃、細木との金銭トラブルにより袂を分かつ。

1980年代

1984年(46歳)、歌手生活30周年を迎える。1986年(48歳)、第37回NHK紅白歌合戦で紅白歌合戦への30年連続30回出場を達成。当時の紅白史上最多記録だった。

1987年(49歳)、『人生いろいろ』を発表。 同年に「30回という区切りを大切にしたい」と“紅白辞退”の記者会見を行い、紅白連続出場記録は30回でストップ。出場辞退表明の記者会見で若手記者から「結局、落選するのが怖かったということですか」と辛辣な質問をされ、「その通りです」と返答した[14]。『紅白50回』のインタビューで本人は「辞退は前年の時点で決めており、前回身に纏った白色の着物はその表れだった」「ここ数年紅白に出られるか出られないかで不安だった。もし落選したらショックで歌えなくなると思った。そのため、余力のあるうちに辞退しようと思った」と語った[注釈 2]

1988年(50歳)、『人生いろいろ』が前1987年からこの年にかけて130万枚の大ヒットを記録。同年の第30回日本レコード大賞で最優秀歌唱賞を受賞し、NHK紅白歌合戦に2年ぶりに出場。この復帰出場に対しては「一度降りたのに」と批判の声もあがった。出演を決めた背景には当時療養中だった浜口[注釈 3]に「歌う姿を見て元気になって貰いたい」という思いがあったためである[16]。姉の敏子が目黒川で投身自殺[4][17]

1989年6月(51歳)、美空ひばりが52歳で死去。愛知県に滞在中に訃報を聞いた島倉は、その後のスケジュールを切り上げて目黒区青葉台のひばり邸に駆けつけ、3日間ひばりのそばに付いて離れなかったという。

1990年代

1993年(55歳)、初期の乳癌であることが判明。

1999年(61歳)、歌手生活45周年を迎える。ベストジーニスト賞を受賞。同年秋、紫綬褒章を受章した[18]

2000年代

2003年(65歳)、慢性肝炎の進行とストレスにより声が出づらくなる傾向に陥ったため、この頃を境に晩年は歌唱曲のキーを下げた。

2004年(66歳)、歌手生活50周年を迎えた。

2007年(69歳)、事務所のスタッフに資産を奪われ再び多額の借金を抱える[19]。同じ過ちを犯すのは自分のせいと責任を感じ、自らの誕生日に事務所を解散。しかし周りの協力により心機一転スタートすることになり、経理も自分で行うために簿記を勉強。同年、映画『ララ、歌は 中山晋平物語』にナレーターとして出演した。また藤商事からパチンコ機種『CR島倉千代子の千代姫七変化』が発表され、全国のパチンコ店に導入された。

2008年(70歳)、『人生いろいろ』が出身地である品川区の京浜急行電鉄青物横丁駅の接近メロディに採用された。後日、京浜急行電鉄に宛てて礼状を送付したという[20]

2009年(71歳)、歌手生活55周年を迎える。

2010年代・死去

東海寺の墓碑。
後ろにはカラタチが植えられている

持病の慢性肝炎が進行していたなかで2010年12月に肝臓癌を発症したことが判明、手術・入退院を繰り返していた[21]。肝臓癌発症はごく少数の関係者にしか打ち明けていなかった。その間、3度の肝動脈塞栓術を受けたが、2013年前半には肝硬変に至っていた。同年3月30日、75歳の誕生日にはコロムビアレコードの100周年を記念し復活したイベント「コロムビア大行進2013」に出演し、数千人の聴衆を前にトークを交えながら『人生いろいろ』など数曲を歌った[22]。同年5月から仕事をセーブするようになり、同年6月21日の宮崎県延岡市でのコンサートが生涯最後のステージとなった[23]。同年9月14日にブログを更新した(最後の更新)。

同年10月中旬に一時退院。2014年のデビュー60周年に向けて意欲は衰えず、死去3日前の2013年11月5日に自宅で記念曲『からたちの小径』を録音した[24]。レコーディングは当初、11月15日に行う予定だったが、島倉自身から「その日まで待てない」と関係者に連絡を入れて11月5日に急遽吹き込みが行われた[24]。同曲の作曲を担当し、レコーディングにも立ち会った南こうせつは「(島倉の具合から)1回位しか歌えないかと思ったが、3回も歌われた。奇跡の歌声だった」と語った[24]

11月6日、「体調が悪いので来てほしい」とスタッフに電話して東京共済病院に再入院[注釈 4]。翌々日の2013年11月8日朝に容体が急変。午後12時30分に肝臓がんのため東京共済病院の病室にて所属事務所の女性スタッフに看取られ、眠るように息を引き取った[25][1]。75歳没。周囲の関係者にはあらかじめ、通夜は密葬とし、香典は断るように伝えていた。

島倉の訃報を受けて、当時内閣官房長官だった菅義偉をはじめ[26]北島三郎[27]五木ひろし[28]細川たかし[29]氷川きよし[30]水前寺清子[31]大月みやこ[32]都はるみ[33]八代亜紀[34]小林幸子[35]森昌子[36]ら後輩の演歌歌手、またコロッケ[37]山田邦子[38]らものまねタレントも追悼のコメントを発表した。

死去から6日後の2013年11月14日、南青山の青山葬儀所で葬儀が営まれ、生涯最後の肉声テープが流された[39]

私の部屋の中にスタジオができて、そこで私はできる限りの声で歌いました。自分の人生の最後に、二度と見られない風景を見せて頂きながら歌を入れられるって、こんな幸せはありませんでした。人生の最後に素晴らしい時間をありがとうございました

告別式では、島倉に憧れて歌手になり、 所属する日本コロムビアの後輩歌手として妹のように可愛がられていた石川さゆりが涙ながらに弔辞を読んだ[40][41]。最後の音源「からたちの小径」は四十九日にあたる12月18日に発売された[42]。同年の第64回NHK紅白歌合戦では追悼コーナーが設けられた。当初、番組側は石川さゆりに「東京だョおっ母さん」や「人生いろいろ」の歌唱を要請していたが、石川が「島倉さんとは親しいですが、都はるみさんや五木ひろしさんなど、自分よりも仲の良かった先輩歌手がいるのに、そんな出しゃばった真似はできない」と打診を断ったとされる[43]

戒名は寳婕院千代歌愛大姉。故郷・北品川の臨済宗東海寺大山墓地に生前に建てた墓に眠る[10]

エピソード

人物像

天真爛漫な性格で知られる[44]。生涯子供をもつことはなかったが、甥を自分の子供のように可愛がり「息子」だと周りに話していた[9]

姉御肌な一面もあり[45]、後輩歌手の石原詢子多岐川舞子が早くに母親を亡くしたことを知ると「私が母さんになってあげる」と[46]「娘認定証(長女・次女)」を書いて贈った[47]。島倉は子供をもつことに憧れがあり、前述の甥も「本当は自分の子供が欲しかったんだと思うよ」と述べている[9]

また、石川さゆりとは姉妹のような付き合い[48]があり、島倉は石川に歌の仕事はもちろん、礼儀作法や化粧に至るまで教えた[49]。1987年にはデュエット曲『浪花姉妹』をリリース。石川は島倉について、「妹にしかできないことをやらせていただいた。ポワ~ッとしているように見えますが、芯の強い方でした」「本当にいろんなことがおありだったのに、すべて受け止めてきた。男前な性格なところがたくさんありました」と語っている[50]

人を疑わない性格のため多くの人に騙されたと言われるが、作詞家のなかにし礼は「その分、騙した人の数の何倍もの音楽関係者、芸能関係者が彼女を助けてきた」と語った。

「高齢の母親が死ぬ前に島倉さんのナマの歌を聴かせてあげたい」というファンレターを受け取り、静岡の民家を訪ねたことがある[51]。アカペラで「東京だョおっ母さん」を歌唱すると、ほとんど動けない母親は涙を流した[51]

地方との結びつき

島倉は、地方小唄や音頭といった新民謡を数多くレコードに吹き込んでいた。それらのなかには、『松井田小唄』『祇園まつり音頭』『七夕おどり』など地元の人以外にも広く親しまれ、全国的によく知られた歌もある。

また、仙台市の『ミス仙台』(二葉あき子のカバー)や、大阪市の『小鳥が来る街』といった、地方の愛唱歌の類もレコードに吹き込んでいる。また、民謡で『祖谷の粉ひき節』『島原の子守唄』『五木の子守唄』などをレコードに吹き込み、ヒットさせている。

美空ひばりとの秘話

7歳の時の怪我で左手が不自由になって以来、引きこもりがちとなった島倉には友達が一人もいなかった。そんな彼女が夢中になったのが1歳年長の美空ひばりである。アルバイトをしてはひばりのコンサートに行く、追っかけとなった。

1953年の落選を経て、1954年憧れのひばりが所属するコロムビアレコードのコンクールに合格。しかし既に大スターだったひばりにはなかなか会えなかった。

1961年、それまではひばりが不動の1位であった雑誌『明星』のファン投票で島倉が1位となってからは、ますますひばりに会う機会が失われていく。「ひばりさんが出る番組には島倉は出られない。という空気が築かれていた」と島倉自身が語っている。

周囲の仲間たちがひばりと交友関係を築いた後も、島倉はひばりとは同所属のコロムビアレコード関連や各歌番組などの仕事で妹分として共演はしてもプライベートでは交流することは一切なかった。両者とも親しかった和田アキ子は島倉に「今度、一緒にひばりさんに会おう」と誘ったが「恐れ多くて…」と遠慮していたという。

1984年2月2日、長年憧れながらもひばりとの距離が縮められずにいた島倉に思わぬ出来事が起こる。所属のコロムビアレコード主催で島倉のデビュー30周年記念パーティーに今まで一度も飛び入り出演をしたことがなかったひばりが島倉やコロムビアレコードの役員・関係者などに一切連絡もなく島倉に手渡す花束を持参して一人でパーティー会場へ突如やってきたのである。驚きと嬉しさで涙が止まらない島倉にひばりは「これからは人に騙されない人生を送って欲しい。私は実印は絶対離しません」と述べ会場の笑いをとっていた。

その頃、ひばりは自身を深く理解してくれる家族を相次いで亡くしており、今一番に自身を理解できるのは妹分の島倉かもしれないと考えていたという。

1987年夏、ひばりが病気で福岡の病院に入院した直後、見舞いに行った。ひばりは食欲不振にもかかわらず出前を完食した。ひばりの姿に「私が励ますつもりで行ったのに、逆に私の方がひばり姉さんに励まされちゃって…… こっちの方が恐縮でした」とテレビのインタビューで語っていた。

島倉が紅白出場辞退をした際、ひばりから「お千代、(辞退したことに)後悔はない? ここからが見せどころよ」とアドバイスを受けたという[52]

その他

  • 59年間の歌手生活において、ステージで一度も口パクはしなかった。
  • 「愛のさざなみ」は、結婚後にミリオンから遠のき、離婚に暗いイメージがつきかけた島倉のために作られた。同曲は久々のミリオンとなった。
  • デビュー前に『NHKのど自慢』(NHK総合ラジオ第1)に出場したが、結果は「鐘一つ」であった[53]
  • 8人きょうだいで姉2人が1歳、6歳で死去している。弟2人は俳優デビューしたものの、1人は引退し、もう1人は作詞家に転身した。

ディスコグラフィ

  • すべて日本コロムビアからリリース。
  • 多くの楽曲を発表しており(およそ2000曲)、委託制作版や当時のアルバムにしか入っていない曲もあるため、持ち歌の数を正確に数えるのは困難である。

シングル

1950年代

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代以降

デュエット・シングル

企画シングル

委託制作盤

アルバム

オリジナル・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1958年5月島倉千代子歌謡アルバム LPAL-102
1958年8月千代ちゃんの一日AL-109
1959年2月千代子の悲恋物語AL-131
1959年12月千代ちゃんの歌日記AL-183
1960年6月千代ちゃんと私のうたAL-212
1960年9月ハワイアンによる千代ちゃんとあなたの歌AL-228
1960年11月千代子の花散る下田AL-239
1961年4月千代ちゃんの想い出AL-267
1961年6月20日 千代ちゃんの童謡集AL-3042
2004年6月23日CDCOCA-70295
1961年9月20日 千代ちゃんの秘密LPAL-294
2017年3月22日CDCOCP-39902
1962年2月島倉千代子の恋しているんだもん LPAL-337
1962年8月千代ちゃんのお早よう青空さんAL-383
1962年12月千代ちゃんのうたAL-414
1963年4月千代ちゃんのさよならとさよならAL-431
1963年8月二人だけの砂丘-千代ちゃんの抒情詩集-AL-439
1967年8月哀しみの川のほとりに〜島倉千代子歌謡劇場〜ALS-4247
1967年11月日本の郷愁〜思い出のふるさとの子供たち〜ALS-5052
1968年6月15日 歌ある限り〜島倉千代子歌手生活15周年記念〜ALS-5063
2017年3月22日CDCOCP-39903
1970年11月10日 美しきは女の旅路LPALS-5137
2014年10月22日CDCOCP-38784
1972年5月島倉千代子とあなたの故郷 LPALS-5174
1972年11月こころの故郷ALS-5189
1974年12月恋と涙と母さんとACE-7074
1975年3月流し唄ACE-7104
1975年10月25日 抒情歌謡50年AP-7018〜19
2014年10月22日CDCOCP-38785〜86
1975年12月激動の昭和に生きた女/愛の春秋 LPAP-7025
1976年11月哀愁の詩AX-7043
1978年4月こころの演歌AX-7157
1981年4月鳳仙花AF-7039
1983年3月ためいき橋AF-7183
1985年8月21日夢飾り CD33C31-7610
1988年3月21日人生いろいろ32CA-2206
1991年2月21日夢詩人COCA-7213
1995年3月21日 LOVE SONGCOCA-12419
2020年3月18日UHQCDCOCP-41108
1996年1月1日心かさね着 CDCOCA-13008
2000年3月18日歌ひとすじにー三日月慕情ーCOCP-30866
2011年4月20日陽だまりの花COCP-36718
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ベスト・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1962年6月島倉千代子の花のステージ LPAL-5007
1964年2月島倉千代子の花のステージ(第2集)ALS-4019
1964年12月島倉千代子の花のステージ(第3集)ALS-4059
1966年12月島倉千代子の花のステージ(第4集)ALS-4208
1968年3月島倉千代子の花のステージ(第5集)ALS-4322
1968年12月島倉千代子の花のステージ(第6集)ALS-4375
1969年5月15日 島倉千代子 魅力のすべてALW-17〜18
2021年10月27日CDCOCP-41585〜86
1970年7月この愛が終わるなんて
〜島倉千代子の花のステージ(第7集)〜
LPALS-4518
1984年5月21日島倉千代子ベスト CD35C31-7140
1986年6月21日全曲集 くちべに挽歌50C31-105〜06
1987年3月1日 NHK紅白歌合戦連続30回出場記念
歌も涙もあたたかい
LPAZ-7279〜80
CD50CA-1401〜02
1987年5月21日特選集 浅草メロドラマ33CA-1575
1987年10月21日全曲集 人生いろいろ33CA-1886
1988年5月21日特選集 昨日から明日へ32CA-2286
1988年10月21日全曲集 人生いろいろ・心うきうき32CA-2618
1988年12月1日島倉千代子ヒット曲集48CA-2946〜47
1989年3月1日島倉千代子全集1 この世の花30CA-3133
島倉千代子全集2 からたち日記30CA-3134
島倉千代子全集3 恋しているんだもん30CA-3135
島倉千代子全集4 すみだ川30CA-3136
島倉千代子全集5 竜飛岬30CA-3137
島倉千代子全集6 人生いろいろ30CA-3138
1989年5月21日特選集 ゆずり葉の宿CA-3436
1989年11月21日全曲集 おんなの一生CA-4115
1989年12月10日スーパー・ツイン おんなの一生CA-4127〜28
1990年6月21日特選集 おんなの一生COCA-6396
1990年12月1日スーパー・ツインDX おんなの一生COCA-6931〜32
1991年11月21日全曲集 今日も初恋COCA-9133
1992年6月1日特選集 空蝉COCA-9857
1992年10月21日全曲集 空蝉COCA-10311
1993年2月21日島倉千代子ツイン・パックCOCA-10609〜10
1993年4月21日特選集 女の夢灯りCOCA-10735
1993年10月21日全曲集 女の夢灯りCOCA-11196
1994年5月21日ベスト・セレクション あしたになればCOCA-11673
1994年10月21日全曲集 夢おまもりCOCA-12021
1994年11月21日ツイン・パック 夢おまもりCOCA-12173〜74
1995年5月20日特選集 あの頃にとどけCOCA-12511
1995年8月19日私の選んだベスト10COCA-12771
1995年10月21日全曲集 片瀬月COCA-12951
1996年2月21日あなたの選んだベスト10COCA-13161
1996年4月20日特選集 火の酒COCA-13321
1996年7月20日ツイン・パック 火の酒COCA-13526〜27
1996年10月19日全曲集 火の酒COCA-13781
1997年4月19日熱唱 歌も涙もあたたかい〜NHK紅白を歌う〜COCA-14132〜33
1997年6月21日特選集 美しき天然〜ときめきをさがしにCOCA-14244
1997年11月21日全曲集 私ってCOCA-14603
1997年11月29日オリジナル&フォーク・ヒット特選COCA-14634
1998年5月21日特選集 花なら花らしくCOCA-15055
1998年8月21日ツイン・パック 花なら花らしくCOCP-30022〜23
1998年10月21日全曲集 花なら花らしくCOCP-30089
1999年2月20日ゴールデンベストCOCA-70188
1999年5月21日特選集 人生はショータイムCOCP-30378
1999年10月21日全曲集'99 人生はショータイムCOCP-30630
2000年9月21日全曲集2000 三日月慕情COCP-31048
2001年1月20日特選ベスト 北どまりCOCP-31253
2001年10月20日全曲集 北どまりCOCP-31639
2002年4月20日ゴールデンベストCOCP-31836
2002年10月19日全曲集 君COCP-31951
2002年12月5日コロムビア音得盤シリーズCOCA-70281
2003年10月22日全曲集 海かがみCOCP-32391〜92
2004年5月19日特選集 風のみちCOCP-32701〜02
2004年10月20日全曲集 風のみちCOCP-32895
2005年7月20日スペシャルベストCOZA-133〜34
2005年10月19日全曲集 ちよこまちCOCP-33361
2006年5月24日ゴールデンベストCOCP-33646
2006年6月28日ドーナツ盤メモリーCOCA-71094
2006年10月18日全曲集 それいけGo GoCOCP-33933
2007年7月4日名曲選 おかえりなさいCOCP-34308
2007年10月17日全曲集 おかえりなさいCOCP-34544
2008年5月21日ゴールデンベストCOCP-34944
2008年10月22日全曲集 あの頃にとどけCOCP-35213
2009年5月20日スーパーベストCOCP-35591
2009年10月21日全曲集 風になるCOCP-35834
2010年6月23日ヒット曲集2010COCP-36261
2010年10月20日全曲集 私の小さな幸せの花COCP-36476
2011年3月23日特選ベスト2011COCP-36703
2011年10月19日全曲集2011COCP-36985
2012年6月20日プレミアム・ベスト2012COCP-37326
2012年10月17日全曲集 愛するあなたへの手紙COCP-37614
2013年2月20日ツイン・パックCOCP-37838〜39
2013年6月19日プレミアム・ベスト2013COCP-37998
2013年11月20日全曲集2013COCP-38221
2014年3月19日歌手生活60周年記念 スーパーヒット・セレクションCOCP-38468〜69
2014年7月23日島倉千代子 昭和を歌う〜いい日旅立ち・人生いろいろ〜COCP-38637〜38
2014年10月22日全曲集 からたちの小径COCP-38807
2015年2月18日究極ベストCOCP-38995
2015年3月18日私が好きな島倉千代子の歌COCP-38985
2015年7月22日ダブル・ベスト☆オリジナル&カバーズCOCP-39184〜85
2015年10月21日全曲集2015COCP-39295
2016年3月23日きわみベスト50COCP-39475〜77
2016年6月22日ツイン・パックCOCP-39614〜15
2016年10月19日全曲集2016COCP-39736
2017年7月19日スペシャルベストCOZP-1349〜50
2017年10月18日全曲集 東京だョおっ母さんCOCP-40143
2018年3月30日島倉千代子ベスト オリジナル・ヒットをうたう(上) UHQCDCOCP-40283
島倉千代子ベスト オリジナル・ヒットをうたう(下)COCP-40284
2018年10月24日全曲集 逢いたいなァあの人に CDCOCP-40529
2019年10月23日全曲集2020COCP-40990
2019年10月30日千代ちゃんの東京うた散歩COCP-40970
2020年10月21日全曲集 からたち日記COCP-41273
2021年11月17日全曲集2022COCP-41602
2022年10月19日全曲集2023COCP-41865
2022年10月26日千代ちゃんのデュエット・コレクションCOCP-41846
2023年10月18日全曲集2024COCP-42117
2024年11月20日全曲集2025COCP-42370
2025年11月8日島倉千代子 メモリアル・ベストCOCP-42539〜40
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カバー・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1969年9月1日 すみだ川〜島倉千代子 東海林太郎を歌う〜LPALS-5099
1988年10月21日 CD28CA-2674
2014年10月22日COCP-38783
1971年9月25日 服部メロディを歌う 夜のプラットホームLPALS-5163
1988年12月21日 CD28CA-2675
1993年4月1日COCA-10774
2023年10月25日COCP-42097
1973年7月戦時の女性をうたう〜九段の母〜 LPALS-5251
1974年4月柿の木坂の家〜島倉千代子 懐しのメロディをうたう〜ACE-7041
1978年8月男を唄うAX-7178
1979年12月女を唄うAX-7220
1984年7月1日 不滅の古賀メロディを唄うAX-7401
CD35C31-7192
1988年7月21日古賀メロを歌う〜りんどう峠28CA-2475
1990年7月21日古賀メロディを唄う〜新妻鏡COCA-6466
1991年11月21日浜口庫之助作品集を唄うCOCA-9257
1993年7月21日古賀政男を偲んで〜りんどう峠COCA-10918
1994年8月21日思い出の歌 第一集〜男を唄う〜COCA-11897
思い出の歌 第二集〜日本の抒情〜COCA-11898
思い出の歌 第三集〜戦時の女性をうたう〜COCA-11899
1998年6月20日古賀メロディ誕生70周年記念COCA-15193
2003年12月10日古賀政男生誕100年記念 古賀メロディを唄うCOCA-71021
2009年2月18日名曲カバー傑作撰COCP-35413〜14
2020年10月28日昭和の名曲をうたうCOCP-41256
2024年10月23日古賀政男生誕120周年記念 古賀メロディを唄うCOCP-42356
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ライブ・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1973年11月25日 歌手生活20周年記念 島倉千代子リサイタルLPACE-7003
2019年3月20日CDCOCP-40769
1975年8月レコーディング1000曲記念 島倉千代子リサイタル LPACE-7121〜22
1976年8月NHKビッグショーライブAP-7075
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リメイク・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1986年1月1日 新しき装いLPAF-7398
CD33C31-7781
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CD-BOX

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発売日タイトル規格品番
1994年3月21日歌手生活40周年 愛・歌・心 島倉千代子大全集COCA-11461〜85
1999年6月19日歌手生活45周年記念 島倉千代子大全集COCP-30435〜39
2004年3月31日歌手生活50周年記念 島倉千代子全集〜人生よ ありがとう〜COCP-32612〜17
2014年4月23日歌手生活60周年記念 島倉千代子全集「こころ」〜すべての方に感謝を込めて〜COZP-861〜99
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映像作品

ライブ

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発売日タイトル規格規格品番
1988年1月21日 NHK紅白歌合戦連続30回出場記念公演 歌も涙もあたたかいVHSC61-9435
2016年10月19日DVDCOBA-6908
1989年12月21日 歌手生活35周年記念リサイタル 生きた 愛した 唄ったVHSHC-433
2016年10月19日DVDCOBA-6909
1992年6月1日 島倉千代子'92 はてしなき歌の旅 VHSCOVA-4145
1999年7月17日COVA-6348
2015年10月21日DVDCOBA-6809
1994年10月1日 歌手生活40周年記念リサイタル 千代子の贈りもの VHSCOVA-4385
1999年7月17日COVA-6349
2015年10月21日DVDCOBA-6810
2000年1月8日歌手生活45周年記念 島倉千代子リサイタル
ありがとうの感謝をこめて〜人生はショータイム〜
VHSCOVA-6371
2000年12月21日 島倉千代子2000年コンサート 感謝の旅路COVA-6446
DVDCOBA-4069
2017年10月25日COBA-6972
2005年4月20日 歌手生活50周年記念リサイタル 私の愛すべき歌謡曲こどもたちVHSCOVA-6823
DVDCOBA-4404
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テレビ

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発売日タイトル規格規格品番
2014年12月17日ビッグショー 島倉千代子 歌ひとすじ DVDCOBA-6707
2018年11月7日島倉千代子メモリアルコレクション〜NHK紅白歌合戦&思い出のメロディーetc.〜 COBA-7044〜46
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ミュージック・ビデオ

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発売日タイトル規格規格品番
2001年11月21日島倉千代子ビデオ全曲集VHSCOVA-6592
2002年1月19日 島倉千代子ヒット全曲集 DVDCOBA-4147
2014年3月19日COBA-6560〜61
2006年1月18日島倉千代子DVDコレクションCOBA-4484
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タイアップ曲

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楽曲タイアップ
1955年この世の花映画『この世の花』主題歌
おもいでの花映画『続・この世の花(第四部)』主題歌
1956年さすらいの花映画『続・この世の花(第六部)』主題歌
乙女心の十三夜映画『乙女心の十三夜』主題歌
むすめ紅椿映画『快剣士・笑いの面』主題歌
さすらいの浜辺映画『続・この世の花(第八部)』主題歌
涙のおしろい花映画『新妻鏡』主題歌
東京バカ踊り映画『東京バカ踊り』主題歌
おしどりさん映画『伝七捕物帳・女狐駕籠』主題歌
1957年炎の氷河映画『炎の氷河』主題歌
雨の花笠映画『雨の花笠』主題歌
東京だョおっ母さん映画『東京だョおっ母さん』主題歌
別れの茶摘唄映画『別れの茶摘歌』主題歌
青空娘映画『青空娘』主題歌
1958年明日になれば映画『続・花は嘆かず』主題歌
ただあなたゆえあなたゆえ映画『花は嘆かず』主題歌
1959年愛を誓いし君なれば映画『愛を誓いし君なれば』主題歌
1961年夕月TBS系ドラマ『あの橋の畔で』主題歌
1963年あの橋の畔で映画『あの橋の畔で』主題歌
愛のうず潮関西テレビ系ドラマ『愛のうず潮』主題歌
1964年愛するゆえに関西テレビ系ドラマ『愛するゆえに』主題歌
1965年新妻鏡NTV系ドラマ『新妻鏡』主題歌
1967年永遠に答えずフジテレビ系ドラマ『永遠に答えず』主題歌
涙の十字架フジテレビ系ドラマ『永遠に答えず』挿入歌
星より遠く別れてもNTV系ドラマ『星より遠く別れても』主題歌
1968年いのちある限りフジテレビ系ドラマ『永遠に答えず』主題歌
1969年あの波の果てまでフジテレビ系ドラマ『あの波の果てまで』主題歌
1973年越前竹人形TBS系ドラマ『越前竹人形』主題歌
越前竹山唄TBS系ドラマ『越前竹人形』挿入歌
1974年幸せのうしろ姿TBS系ドラマ『妻は告白する』主題歌
風の宿TBS系ドラマ『妻は告白する』挿入歌
1977年わたし京都へテレビ朝日系ドラマ『おくどはん』主題歌
1978年愛の花TBS系ドラマ『別れて生きる時も』主題歌
1979年サーシャわが愛フジテレビ系アニメ『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』挿入歌
1983年積木くずし映画『積木くずし』主題歌
1987年人生いろいろTBS系ドラマ『三どしま』主題歌
夢・浪漫・NARAなら・シルクロード博覧会』テーマ曲
1991年今日も初恋TBS系ドラマ『花嫁』主題歌
1996年ときめきをさがしにNHKドラマ新銀河『素敵に女ざかり』主題歌
1998年風の中で…浪合村・イメージソング
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シングル売上

[54][55]

さらに見る 順位, 売上枚数 ...
順位売上枚数タイトル発売日作詞作曲
1位200万枚この世の花1955年2月西條八十万城目正
2位150万枚東京だョおっ母さん1957年3月野村俊夫船村徹
3位 130万枚りんどう峠1955年9月西條八十古賀政男
からたち日記1958年10月西沢爽米田信一
人生いろいろ1987年4月中山大三郎浜口庫之助
6位120万枚逢いたいなァあの人に1956年12月石本美由起上原げんと
7位 100万枚すずらんの花/襟裳岬1961年5月丘灯至夫遠藤実
夕月1961年12月菊田一夫古関裕而
9位 80万枚恋しているんだもん1961年11月西沢爽 市川昭介
鳳仙花1981年4月吉岡治
11位 70万枚海鳴りの聞こえる町1959年9月木賊大次郎船村徹
花散る下田1960年7月青山圭男古賀政男
すみだ川1969年11月佐藤惣之助山田栄一
14位 60万枚思い出さん今日は1958年3月星野哲郎古賀政男
おもいで日記1959年6月 西沢爽遠藤実
哀愁のからまつ林1959年10月船村徹
ほんきかしら1966年4月岩谷時子土田啓四郎
夢飾り1984年10月里村龍一浜圭介
19位 50万枚涙の谷間に太陽を1966年10月西沢爽和田香苗
ほれているのに1967年7月くるみ広彰くるみ敏弘
21位30万枚火の酒1996年1月 遠藤実
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著書

  • 花のいのち(自叙伝、みき書房、1984年。)
  • 歌ごよみ(自叙伝、読売新聞社、1994年。ISBN 4-643-94005-0
  • 島倉家-これが私の遺言(手記、文芸社、2005年。プロデュース:寺西一浩ISBN 4-8355-9125-9

出演

東京の人さようなら』は映画化され、島倉自ら主演した

NHK紅白歌合戦出場歴

紅白史上初の30回連続出場を達成。1987年(第38回)は一旦出場辞退したが、「人生いろいろ」がヒットし、1988年(第39回)で2年ぶりに出場。2004年(第55回)に「紅白歌合戦に出場してほしい歌手」アンケートで上位歌手15組の中に入ったことから、8年ぶり通算35回目の出場で66歳の当時の紅組最年長出場となった。

通算出場回数では、1973年(第24回)に17回目の出場を果たして以降[注釈 145]、白組歌手・北島三郎が1998年(第49回)で通算35回目の出場を果たし、島倉の記録を追い越すまで20年以上もの間歴代第1位の記録を保持していた[注釈 146]。さらに女性歌手では、同じく1973年(第24回)以降、2012年(第62回)に和田アキ子が36回目の出場を果たすまでの39年間、島倉が史上最多出場記録を保持していた。

さらに見る 回数, 放送回 ...
回数放送回年度曲目備考
第8回1957年逢いたいなァ あの人に
2第9回1958年からたち日記
3第10回1959年おもいで日記
4第11回1960年他国の雨紅組トリ
5第12回1961年襟裳岬紅組トリ (2)
6第13回1962年さよならとさよなら紅組トリ (3)
7第14回1963年武蔵野エレジー
8第15回1964年ふたりだけの太陽
9第16回1965年新妻鏡
10第17回1966年ほんきかしら
11第18回1967年ほれているのに
12第19回1968年愛のさざなみ
13第20回1969年すみだ川
14第21回1970年美しきは女の旅路
15第22回1971年竜飛岬
16第23回1972年すみだ川(2回目)
17第24回1973年からたち日記(2回目)紅組トリ (4)
18第25回1974年襟裳岬(2回目)紅組トリ (5)
19第26回1975年悲しみの宿大トリ (6)
20第27回1976年逢いたいなァ あの人に(2回目)
21第28回1977年京都・北嵯峨・別れ寺
22第29回1978年りんどう峠
23第30回1979年逢いたいなァ あの人に(3回目)
24第31回1980年女がひとり
25第32回1981年鳳仙花
26第33回1982年この世の花前半トリ
27第34回1983年積木くずし
28第35回1984年からたち日記(3回目)
29第36回1985年夢飾り
30第37回1986年くちべに挽歌同回で一旦紅白出場勇退を宣言
31第39回1988年人生いろいろ2年ぶりに復帰出場
32第45回1994年人生いろいろ(2回目)6年ぶりに復帰出場・前半トリ (2)
33第46回1995年あの頃にとどけ
34第47回1996年ときめきをさがしに
35第55回2004年人生いろいろ(3回目)8年ぶりに復帰・生涯最後の紅白出場
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(注意点)

  • 備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は、紅白で披露された回数を表す。
  • 前半トリとは1990年以降の紅白において、前半戦(ニュース中断まで)で両軍の締めくくりを務めたことを指す。

テレビ

アニメ

映画

CM

脚注

外部リンク

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