わたしのベンチ From Wikipedia, the free encyclopedia わたしのベンチは、山本悍右が1963年に制作し、1964年に発表した写真作品である。1963年11月の「ナゴヤ5(ファイブ)―ひとりのオンナ」東京展に「フォトストーリー12点組」として出品され、翌1964年4月には『カメラ芸術』4月号に作者自身の文章を伴う12点組写真として掲載された。同年4月の同展名古屋会場にも出品され、後年の『日本写真史 写真雑誌1874-1985』では「文学と写真」の節に収録されている。[1][2][3] 『カメラ芸術』掲載時には、誌面に英題「MY BENCH / K. YAMAMOTO」が併記され、pp.73-77にわたって掲載された[2]。 作品は連続する12点の写真から成り、雑誌では作者自身の文章と一体のかたちで提示されている[2]。 掲載ページ末尾には、ローライフレックス、プラナー75ミリF3.5、ネオパンSS、露光5秒などの撮影・現像データも記されている[2]。 発表 2001年の回顧展所収年譜によれば、本作は1963年11月に「ナゴヤ5(ファイブ)―ひとりのオンナ」東京展で「フォトストーリー12点組」として出品された[1]。 翌1964年4月には『カメラ芸術』4月号に「12点組写真」と解説が掲載され、同月の「ナゴヤ5(ファイブ)―ひとりのオンナ」名古屋展にも出品された[1][2]。 作者文 『カメラ芸術』掲載時の文章で山本は、「作品について話すことは、あまり好きではない」と書き出し、鑑賞者との対話を通じて作品をめぐる連想や解釈を展開している。[2] 文章中では、ベンチ、星、通りがかりの女、そして「フィナーレ」といった語で表現され、12点の写真は単独のイメージの集積ではなく、物語的な連なりをもつフォトストーリーとして構成されている。[2][1] 背景 制作前年の1963年、山本は第23回・第24回VOU形象展にフォト・ポエム(photo poems)を出品し、『アサヒカメラ』7月号には「8 mm 町角でひろったショットから作品をつくる編集方法」を寄稿していた[1]。 1964年にも、朝日新聞に詩の挿絵として写真作品を継続的に発表した[1]。 1963年から1964年にかけては、戦前から続けていた山本の写真・詩・編集を横断する実践が、フォトストーリーやフォト・ポエムといった戦後の作品形式としてあらためて展開していた時期にあたる[1][4]。 位置づけ 山本悍右は、1950年代後半から複数の写真を連ねて物語を構成する連続写真を継続的に発表しており、『空気のうすいぼくの部屋』はその初期の代表例の一つである[5][6]。 飯沢耕太郎は、山本の1950年代のセルフ・ポートレイトによるシークエンス作品について、「世界的に見ても先駆的な実験なのではないだろうか」と記している[6]。 『わたしのベンチ』は、そうした連続写真の実践を1960年代前半にさらに展開した作例であり、1963年東京展では「フォトストーリー12点組」、1964年の『カメラ芸術』では作者自身の文章を伴う12点組写真として発表された[1][2]。 4点組の『空気のうすいぼくの部屋』に比べても、本作では写真の枚数、物語の持続、テキストとの結びつきがいっそう強められており、山本の戦後におけるフォトストーリーの展開を示す作例の一つとみなすことができる[2]。 また、本作は1960年代前半の作品であり、アメリカの写真家デュアン・マイケルズが1960年代後半に物語的なシークエンス作品を展開する以前の作例にあたる[1][7]。 『日本写真史 写真雑誌1874-1985』では、本作は「文学と写真」の節に収録され、細江英公、今井壽惠、荒木経惟、高梨豊らの作例と並置されている[3]。 脚注 1 2 3 4 5 6 7 8 9 山本俶生、稲田威郎、田中晴子 編「山本悍右 年譜」『写真展 シュルレアリスト 山本悍右 不可能の伝達者』監修:ジョン・ソルト、金子隆一、東日本鉄道文化財団、2001年、216-217頁。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 山本悍右「わたしのベンチ」『カメラ芸術』第11巻第4号、東京中日新聞社、1964年4月、73-77頁。 1 2 金子, 隆一、戸田, 昌子、ヴァルタニアン, アイヴァン『日本写真史 写真雑誌1874-1985』平凡社、2024年、228-231頁。 ↑ 山本俶生、稲田威郎、田中晴子 編「山本悍右 年譜」『写真展 シュルレアリスト 山本悍右 不可能の伝達者』監修:ジョン・ソルト、金子隆一、東日本鉄道文化財団、2001年、201-204頁。 ↑ ソルト, ジョン 著「山本悍右の不思議な世界」、山本俶生、稲田威郎、田中晴子 編『写真展 シュルレアリスト 山本悍右 不可能の伝達者』監修:ジョン・ソルト、金子隆一、東日本鉄道文化財団、2001年、35-36頁。 1 2 飯沢, 耕太郎『眼から眼へ : 写真展を歩く2001-2003』みすず書房、2004年、68-69頁。 ↑ “Duane Michals - The Spirit Leaves the Body” (英語). The Metropolitan Museum of Art. 2026年4月8日閲覧。 Related Articles