アイヴォー・ヴィジー (第5代ド・ヴェシー子爵)
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ユースタス・ヴィジー(Eustace Vesey、1886年11月18日没、第3代ド・ヴェシー子爵トマス・ヴィジーの次男)と妻コンスタンス・メアリー(Constance Mary、第2代ウェンロック男爵ベイルビー・ローリーの娘)の次男として、1881年12月15日に生まれた[2]。1903年7月6日に伯父にあたる第4代ド・ヴェシー子爵ジョン・ヴィジーが死去すると、ド・ヴェシー子爵位を継承した[3]。
地元のクイーンズ・カウンティ(現リーシュ県)の治安判事と副統監を務めたほか[4]、1909年2月13日にアイルランド貴族代表議員に選出され、1958年に死去するまで務めた[1]。
1900年4月6日に少尉としてロイヤル・ウォリックシャー連隊第5大隊に入隊した後[5]、中尉への昇進を経て、1901年1月4日にアイリッシュ・ガーズに転じ[6]、1909年1月7日に大尉に昇進した[7]。1911年1月4日に一旦辞任したものの[8]、1914年に第一次世界大戦が勃発すると、同年8月5日に再びアイリッシュ・ガーズの大尉に任命された[9]。1915年11月11日、臨時の少佐に昇進した[10]。1918年1月19日に参謀本部勤務になり、Deputy Assistant Director of Forestryの役職についた[11]。