アグネス・ヴェッチ
イギリスの看護師 (1842–1942)
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴・人物
スコットランドのエディンバラの生まれ[3]。1874年に旧エディンバラ王立救貧院病院看護学校[注釈 1]にて一期生として入学し[3]、看護を学ぶ[5]。卒業翌月にエディンバラ王立救貧院病院で看護婦を始め、その後、セント・メアリー病院や新エディンバラ王立救貧院病院でも勤務を行った[2]。1881年に病院を自分の希望で退職し[6]、同年に兄が宣教医をしていた清朝に向かった[2]。
1887年(明治20年)[2]9月、日本に招かれて訪れ、翌月、帝国大学(現在の東京大学)医科大学第一病院の看護教師として着任した[2][5]。1年間、同病院で看護教育に当たる中、当時滞日していた宣教師のメアリー・トゥルーが創設した桜井女学校からの大関和や鈴木雅らの依託生を同病院の看護婦や副看護婦と合わせて指導し[7]、看護方法の講義のほか西洋式の看病術を病院で実地に教授して、日本の看護の近代化に大きく貢献した。1888年(明治21年)11月に任期満了となり離日した[5]。ヴェッチの教育のもと、桜井女学校からの依託生6人を含む28人が看護婦として養成され、うち1人が看護教師として養成された[8]。
