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アシュタウン男爵

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アシュタウン男爵
Baron Ashtown

紋章記述

Arms:Or a Lion passant Gules between three Fleurs-de-lis Azure on a Chief of the last a Sun in Splendour Or Crest:A Dexter Arm in armour embowed the hand grasping a Sword all proper Supporters:Dexter: A Lion Gules ducally crowned and powdered with Fleurs-de-lis Or; Sinister: A Stag proper armed and hoofed ducally gorged and lined Or
創設時期1800年12月27日
創設者ジョージ3世
貴族アイルランド貴族
初代初代男爵フレデリック・トレンチ
現所有者8代男爵ロデリック・トレンチ
相続人ティモシー・トレンチ閣下
相続資格初代男爵の嫡出直系男子。さもなくば、初代男爵の父の直系男子。
付随称号なし
現況存続
モットー幸運は善行につき従うもの
(Virtutis Fortuna Comes)

アシュタウン男爵(英: Baron Ashtown)はイギリスの男爵、貴族。アイルランド貴族爵位。庶民院議員フレデリック・トレンチが1800年に叙位されたことに始まる。クランカーティ伯爵家とは同族。

なお、トレンチ家が男爵位以外に保持する爵位はない。

男爵家の祖フレデリック・トレンチ(1755-1840)はアイルランド庶民院議員を務めた人物である[1][2]。彼はグレートブリテン王国とアイルランド王国の合同には反対していたが[2]、合同支持に転じる報酬として1800年12月27日にアイルランド貴族爵位の「ゴールウェイ県モートのアシュタウン男爵(Baron Ashtown, of Moate in the County of Galway)」に叙せられた[1][2][3][4]。この爵位には初代男爵の男子が途絶えた場合には、彼の同名の父フレデリック・トレンチ(1724-1797)[註釈 1]の直系男子にもその継承を認める特別継承権が定められていた[1][2][3]。そのため、初代男爵が嗣子なく1840年に没した後は、1855年に弟フランシスの息子フレデリックへの継承が認められて[5]、彼が2代男爵に確定した[1][2][4]。

2代男爵フレデリック(1804-1880)はゴールウェイ県長官(英語版)を務めた[1][2][6]。彼は長男フレデリック・シドニー(1839-1879)に先立たれていたことから、同名の孫フレデリックが爵位を襲った[1][4]。

3代男爵フレデリック(1868-1946)は、1908年より保守党の政治家として貴族代表議員に選出されて貴族院に籍を置いていたが[1][2]、1915年に議員欠格事由にあたる破産宣告を受けた[註釈 2][9]。爵位は息子ロバートが継承した[1]。

4代男爵ロバート(1897-1966)には子がなく、爵位は彼の弟ダドリーが相続した[1]。

5代男爵ダドリー(1901-1979)には娘が2人いたが息子はおらず、3代男爵の系統は途絶えた[1]。そのため、爵位は3代男爵の弟ウィリアムの子孫に遡って、クリストファーが継承している[1]。

しかしながら、6代男爵クリストファーは生涯未婚であったためにこの系統も途絶えた[1][10]。爵位は2代男爵の次男コズビー・トレンチ(英語版)(1844-1925)の系統に遡って、その子孫ナイジェルが継ぐとともに、この系統で現在まで至っている[1]。

7代男爵ナイジェル(1916-2010)は外交官として駐韓大使(英語版)や駐ポルトガル大使(英語版)を歴任した[1][11]。

その息子である8代男爵ロデリック(1944-)が、2020年現在のアシュタウン男爵家現当主である。

アシュタウン男爵家出身の人物としては、香港総督を務めたデイヴィッド・トレンチが挙げられ、彼は初代男爵の弟の子孫にあたる[12]。


一族のかつての邸宅は、ゴールウェイ県バリナスローに位置したウッドローン・ハウス(英語版)であったが[4]、4代男爵の代に売却された[13]。

一族と爵位にかかるモットーは、「幸運は善行につき従うもの(Virtutis Fortuna Comes)」[1][4]。

アシュタウン男爵(1800年)

脚注

関連項目

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