アソポス川 (ボイオティア)
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神話
パウサニアスは原初の王キタイロンに次いでアソポスなる王が現れ、それぞれキタイロン山とアソポス川に自らの名前を与えたとか[4]、プラタイアの地は河神アソポスの娘プラタイアにちなんで名付けられたとするプラタイア人の伝承を引用している[5]。パウサニアスは奇妙なことに、この名を冠したプラタイアは河神アソポスではなくアソポス王の娘だと考えているとコメントしている[4]。
アソポス川の支流オエロエ川はヘロドトスと[6]パウサニアスによって河神アソポスの娘と呼ばれた[1]。パウサニアスはボイオティアの都市テスピアイはアソポスの娘テスペイア、またはアテナイからその地にやって来たエレクテウスの子孫であるテスピオスから名付けられたと述べている。このテスピオスはそれ以外では私たちに知られていない。ゼウスの双子の息子アンピオンとゼトスを生んだアンティオペはしばしばアソポスの娘とされる。彼女の息子たちはテーバイの王となった。ピンダロスによるとアイアコスの母アイギナと、ゼトスと結婚したテーベは双子の姉妹であり、アソポスの末の娘である[7]。
また数多くの神話的な女性がアソポスの娘とされているが、コリントスのプリウス地方を流れる同名のアソポス川との混乱が見られる。シケリアのディオドロスはアソポスの娘の名前を13人挙げているが(コルキュラ、サラミス、アイギナ、ペイレネ、クレオネ、テーベ、タナグラ、テスペイア、アソピス、シノペ、オルニア、カルキス[8]、ハルピナ[9])、アソポスが居住したのはプリウス地方のアソポス川であったとしている[8]。
最後にスタティウスの『テーバイス』は、アラルコメナイ、イトネ(Itone)、ミデア(Midea)、アルネ(Arne)、アウリス、グライア、プラタイア、プレテオン(Pleteon)、アンテドンの兵を率いた、死すべき運命にあるアソポスの息子ヒュプセウスについて語っている。このヒュプセウスはテーバイ攻めの七将の1人カパネウスに殺された。



