アダルナセ3世 (タオ大公)
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アダルナセ3世(ジョージア語: ადარნასე III、ジョージア語ラテン翻字: Adarnase III、896年没)は、タオ・クラルジェティを統治したバグラティオニ朝の王族。タオ(特にその上部地域である上タオ)の世襲領主であり、エリスタヴト=エリスタヴィ(大公)の称号を有した[1]。「エリスタヴト=エリスタヴィ」は、単なる地方貴族ではなく、広域的な支配権と軍事・封建的権威を伴う高位の称号であった。近代の系譜研究においては、同名の王族との区別のために通し番号を付してアダルナセ7世(Adarnase VII of Tao)と言及されることもある。領地名から、上タオのアダルナセ、アルタヌジのアダルナセとも呼ばれる。
アダルナセ3世は、タオ大公グルゲン1世の長男であった[2]。
当時のタオ=クラルジェティ[注釈 1]では、881年にクロパラテス・ダヴィト1世がナスラによって殺害されたことを端緒に、諸分家間で激しい家督争いが生じていた。891年、父グルゲン1世は「カルトヴェリ人の王」であるアダルナセ4世との衝突により致命傷を負って死去し、アダルナセ3世がタオ大公の地位を継承した。
この衝突において、ビザンツ帝国はグルゲン1世を支援しなかった。アダルナセ4世の勝利後、ビザンツ側はアダルナセ4世を「指導的地位」として承認した。アダルナセ3世は当初、クラルジェティ公バグラト1世に支援を求めたものの、最終的にはアダルナセ4世の宗主権を認めることとなった。アダルナセ3世の支配期間は短く、継承から6年後の896年に死去した。死後、大公の地位は弟のアショト1世が継承した。