アブドラッラヒーム From Wikipedia, the free encyclopedia アブドラッラヒーム(Abd al-Rakhim、1560年 - 1635年)は、ヤルカンド・ハン国の王族。 アブドゥッラシード・ハン1世の十二男で、父の死から3か月後に誕生した。 1591年、兄のムハンマドから東部のサリコル(英語版)とワハン(英語版)地域の統治を任され、1594年にトルファンとチャリシュ(英語版)で自立を宣言した甥のクダバンデ・スルタンを1596年に打倒して、両地域の統治権も得た。 しかし、カザフとの婚姻関係をもって後ろ盾を得たアブドラッラヒームは東部において権力基盤を安定させ[1]、ムハンマドからの自立傾向を強めた。ムハンマドの死後にシュジャーウッディーン・アフマドがその後継者となると、不満を持って独立した。以降、死去するまでの約40年間、アクスのバイ(ロシア語版)を手中に収めようとして抗争を続けた。アブドラッラヒームの死後、その勢力は子のアブドゥッラーが引き継いだ[1]。 出典 1 2 丸山 2014, p. 53 参考資料 丸山鋼二「ヤルカンド・ハン朝の建国と「聖戦」: 新疆イスラム教小史⑦」『文教大学国際学部紀要』第24巻第2号、文教大学、2014年1月、47-64頁、CRID 1050001338027025664、ISSN 0917-3072。 この項目は、歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。表示編集 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles