アブドルラヒム・ムサヴィ
イランの参謀総長。イラン戦争で戦死。
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経歴
1960年ゴム生まれ[3]。1979年にイラン陸軍に入隊し、陸軍士官学校で訓練を受け、国防大学から国防行政学の博士号を取得[1]。イラン・イラク戦争中にはコルデスターン州とフーゼスターン州で砲兵部隊に従軍して戦闘に参加[1]。
戦後もイラン正規軍(アルテシュ)でキャリアを積み、イマーム・アリ陸軍大学や北東司令部の司令官、地上軍訓練計画副部長などを経て[1]、2005年から2008年まで正規軍参謀長[1]、2008年から2016年まで正規軍副司令官を務めた[2]。2016年に革命防衛隊のモハンマド・バーゲリーが参謀総長に就任すると、最高指導者ハメネイ師は革命防衛隊と正規軍の調整のために正規軍のムサヴィを参謀本部次長に任じた[2]。
2017年8月21日に正規軍総司令官に就任。2024年3月10日にハメネイから勝利勲章を与えられた[3]。
2019年の経済危機に伴う抗議デモや、2022年のマフサ・アミニ抗議運動など、イランで大規模抗議デモが起きるたびに、抗議者に無差別発砲を行うなど人権侵害を行った[4]。
2025年6月の12日間戦争でイスラエル軍の攻撃により死亡した参謀総長モハンマド・バーゲリーの後任として参謀総長に就任[3]。参謀総長は正規軍と革命防衛隊を合わせた参謀本部のトップであり、イラン軍の組織上の最上位者である[5]。
前任の参謀総長2人は、革命防衛隊の将軍モハンマド・バーゲリーと、軍事的背景を持たずに政治的に任用されたハサン・フィロウザバディだったので、ムサヴィは正規軍から出た初めての参謀総長にあたる[2]。
イラン戦争中の2026年3月1日、イラン国営メディアは、前日のイスラエル空軍による防衛評議会空爆の際、ムサヴィが防衛評議会の会議に出席しており、防衛評議会事務局長アリ・シャムハニ、革命防衛隊総司令官モハンマド・パクプール、国防相アジーズ・ナシールザーデら他の軍部指導者たちとともに死亡したことを報じている[6][7]。
防衛評議会空爆についてのイスラエル軍の最初の発表(2月28日)では、排除した者の名簿の中にムサヴィの名前は入っていなかったが[8]、翌3月1日にイスラエル軍は、防衛評議会空爆でムサヴィが死亡したことを確認した[9]。
- 2019年3月11日、左からイスラム革命防衛隊ゴドス軍司令官ガーセム・ソレイマーニー(2020年にアメリカの攻撃で死亡)、ムサヴィ、参謀総長モハンマド・バーゲリー(2025年にイスラエルの攻撃で死亡)、ハメネイ師(2026年にイスラエルの攻撃で死亡)、最高指導者室軍事局長モハンマド・シラジ(2026年にイスラエルの攻撃で死亡)
- 2022年12月30日の演習。ハータム・アル・アンビヤー中央本部司令官ゴラム・アリ・ラシッド(2025年にイスラエルの攻撃で死亡)とムサヴィ。
制裁
2019年と2022年の抗議デモでの無差別発砲により、2023年3月8日にアメリカ合衆国のSDNリストに追加されて制裁対象となった[4]。
欧州連合(EU)も、マフサ・アミニ抗議運動に対して暴力的な弾圧を行ったことを理由に、2022年12月12日にムサヴィを制裁対象に加えた[10]。
イギリスも、イランの弾道ミサイル・巡航ミサイル開発関係者として、またイランによるイスラエル攻撃に対する制裁の一環として、2024年10月14日にムサヴィを制裁対象に加えた[11]。
カナダも、2022年に「イランにおける重大な人権侵害」および「イランによる国際平和と安全に対する重大かつ継続的な侵害」の関与者としてムサヴィを制裁対象に加えた[12]。