アブー・ユースフ・ヤアクーブ
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| アブー・ユースフ・ヤアクーブ ⴰⴱⵓ ⵢⵓⵙⵙⴼ ⵢⴰⵄⵇⵓⴱ ⵉⵡⵉⵙ ⵏ ⵄⴱⴷ ⵍⵃⴰⵇⵇ | |
|---|---|
| マリーン朝第6代スルターン | |
| 在位 | 1259年 - 1286年 |
| 死去 |
1286年3月21日 アル・ジャジーラ・アル=ハドラー |
| 埋葬 |
シャラ |
| 子女 |
アブー・ヤアクーブ・ユースフ ウトマーン2世 |
| 王朝 | マリーン朝 |
| 父親 | アブド・アル=ハック1世 |
アブー・ユースフ・ヤアクーブ(アラビア語: أَبُو يُوسُف يَعقُوب بن عَبد الحَقّ、ラテン字転写例: abū yūsuf ya`qūb ben `abd al-ḥaqq、? - 1286年)は、モロッコを支配したマリーン朝の第6代君主(在位:1259年 - 1286年)。在位中の事績より「戦闘王」「建築王」「敬虔王」と称される[1]。1276年に首都のフェズに新市街(フェズ・ル・バリ)を建築、新市街内に王宮や宗教施設を建設したことで知られる。