アラグヴィ川
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| アラグヴィ川 | |
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アラグヴィ川(ムツヘタ近郊で撮影) | |
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| 現地の呼称 | არაგვი |
| 所在 | |
| 国 |
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| 州 | ムツヘタ=ムティアネティ州 |
| 地区 | |
| 特性 | |
| 水源 | コーカサス山脈 |
| • 所在地 | カズベギ地区グダウリ |
| • 座標 | 北緯42度20分41秒 東経44度41分42秒 / 北緯42.34459度 東経44.69502度 |
| • 標高 | 1,045 m (3,428 ft)[1] |
| 河口・合流先 | ムツクヴァリ川 |
• 所在地 | ムツヘタ地区ムツヘタ |
• 座標 | 北緯41度50分24秒 東経44度43分34秒 / 北緯41.84003度 東経44.72611度 |
• 標高 | 445 m (1,460 ft)[2] |
| 延長 | 112キロメートル (70 mi) |
| 流域面積 | 2,740平方キロメートル (1,060 sq mi) |
| 流量 | |
| • 平均 | 43.4 m3/s (1,530 cu ft/s) |
| 流域 | |
| 流路 | ムツクヴァリ川→カスピ海 |
アラグヴィ川(アラグヴィがわ、グルジア語: არაგვი、グルジア語ラテン翻字: Aragvi、[ˈäɾägvi])は、コーカサス山脈の南斜面を源流とする、ジョージア国内を流れる川である。
アラグヴィ川の古名とされる表記に「アラグヴァ」(არაგვა) がある[3]。これはジョージア語で「速い」「遅れを取らない」を意味する[4]。
イラン学者のアナヒト・ペリハニアンによると、アラグヴィ川の名前は古代イラン語(あるいはメディア語)の *Aragv(ī) に由来する。これはイラン祖語で「速い」「急な」を意味する *ragu- の女性形 *Ragvī- から来ているとされ、さらにサンスクリット語の रघु (raghú) の女性形 रघ्वी (raghvī́) (「速い」を意味する)に遡ることができる[5][6]。イラン語からの借用語として、アルメニア語の արագ (arag/erag) (「速い」を意味する)とも関連がある[7]。
また、アブハズ語の аракуа (「枝」を意味する)に由来する説もある。この言葉は転じて「支流」という意味でも使われることがある[8]。
地理・地質
流路

アラグヴィ川にはいくつかの主要な支流があり、それらもすべて「アラグヴィ」という名称で呼ばれるため、その正確な流路については誤解が生じやすい。
まず支流として、白アラグヴィ川がケリ高地の北東部に源を発している。この川は粘土頁岩と石灰岩の土壌を流れるため、白っぽい色合いをしている[10][11]。白アラグヴィ川はグダウリ村を経由してパサナウリ村へと流れる[12]。白アラグヴィ川はパサナウリ村の近くで、北東から流れてくる黒アラグヴィ川と合流する[13]。黒アラグヴィ川は黒色頁岩の岩盤を流れるため、水は黒色を帯びている[11][14]。合流後、川の水はしばらくの間、明るい帯と暗い帯の2つの平行な帯を形成する。合流した川は単に「アラグヴィ川」と呼ばれる。その後、川は南方向へ流れ、ジンヴァリ村の付近で、北東から流れてくるプシャヴィ・アラグヴィ川がアラグヴィ川と合流する[15]。プシャヴィ・アラグヴィ川は、大ボルバロ山の西斜面を水源とし、北には支流ヘヴスレティ・アラグヴィ川がある[16]。アラグヴィ川とプシャヴィ・アラグヴィ川の合流点にはジンヴァリ貯水池とジンヴァリダムがある。その後、アラグヴィ川は南下し、ムフラニ=サグラモ平野に入った後、古都ムツヘタ付近でムツクヴァリ川に合流する。
ジンヴァリダム
歴史的記録
2世紀から3世紀にかけてのギリシャの歴史家カッシウス・ディオは、その著作『ローマ史』の中で、紀元前65年のポンペイウスによるイベリア(現在のジョージア東部)遠征にて「ペロロス川」(ギリシア語: Πέλωρος)に言及している。この名称は、古代ギリシャ語で「巨大な」を表す形容詞であり、動詞 πέλω (「動く」「急ぐ」の意)と語根的な関連を持つ。19世紀の歴史学者プラトン・イオセリアニやマリー・ブロッセ[17]は、ポンペイウス軍の進軍経路やイベリアの地理との整合性から、この「ペロロス川」をアラグヴィ川に比定した[18]。20世紀の歴史学者シモン・ジャナシアやイヴァネ・ジャヴァヒシヴィリらも、トビリシ北方の地勢、考古学的証拠、ジョージア語の史料などとの整合性から、この説を強く支持している。
カッシウス・ディオの記述は『ローマ史』第37巻第2章に登場し、以下のように記されている[19]。
- πρὸς τὸν Πέλωρον, ἐν τῇ ἀρχῇ καὶ ἐκεῖνον τῇ αὐτοῦ ῥέοντα, ἀπέφυγεν
- はじめのうち彼自身の領内を流れるその川、ペロロス川へと逃げた。
- Ἀρτώκης μὲν τόν τε Πέλωρον διαβὰς καὶ τὴν γέφυραν καὶ τὴν ἐκείνου καύσας ἔφυγε
- アルトケスはペロロス川を渡り、その橋を焼いて逃げた。
- μέχρις οὗ οἱ Ῥωμαῖοι καὶ τὸν Πέλωρον διαβατόν πῃ τοῦ θέρους γενόμενον οὐ χαλεπῶς… ἐπεραιώθησαν
- その後、ローマ軍もまた夏のころにペロロス川がどこかで渡れるようになったので、さほど困難なく渡河した。




