カフワ・アラビーヤ
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概要
入れ方はトルココーヒーと同じく、粉に挽いたコーヒー豆をイブリーク(إبريق)と呼ばれる取っ手のついた小さな鍋に入れ、水を注いで、何度か沸騰を繰り返した後小さなカップに入れて飲む。イブリークという名前はアラビア語フスハーのibrīqイブリークに由来し、もともと細口のポットを意味する。アラビア語では、エジプト等:kanaka カナカ、レバノン:raqwi ラクウィと呼ばれている。
カフェ(フスハー:مقهى maqhā マクハー、エジプト口語:カフワ又はカハーウィ)で飲む他、家庭で飲む場合は、飲む都度コーヒー豆を煎って挽くこともある。とくにベドウィンにはこのような習慣が残っている。スーダンでは、コーヒー豆を煎ってからコーヒーをいれるまでの手順の美しさが喜ばれる。
砂糖を入れ、カルダモンで風味をつけることが多い。イエメンでは、コーヒーノキから採取される果実(コーヒーチェリー)からコーヒー豆を取り除いた際に生じる殻(果皮と果肉および内果皮)を使ったカフワ・キシュリーヤと呼ばれる”コーヒー”も飲まれている。生姜を加えて風味付けされるので、英語圏ではジンジャー・コーヒーの名でも知られている。
お茶請けとして、ナツメヤシの実デーツなどの果物、菓子と一緒に饗される[3]。
レバント
レバント地域では、カフワが一日を通して飲まれており、トルココーヒーに似た方法で淹れられることが多く、カルダモンで香り付けされ、通常は無糖である[4]。ブロンドローストとダークローストをブレンドし細かく挽いたコーヒー豆が使われ、伝統的にブラックで大変濃いものとなっている[5]
ベドウィンや多くのパレスチナのアラブ人の間では、「プレーンコーヒー」を意味するカフワ・サーダ(qahwah sādah)と呼ばれる苦いコーヒーが、歓待(ホスピタリティ)の象徴とされている。カフワの提供はしばしば儀式的に行われ、家長またはその長男が客人の間を時計回りに巡り、年齢や地位に応じてフィンジャーン(finjān、持ち手の無い小型のカップ[6])にカフウを注ぐ。 伝統的には、客人は三杯のコーヒーを受け入れるのが礼儀とされ、最後の杯を飲み終える際には、「あなたがいつもカフウを振る舞える豊かさがありますように」という祝意を込めて「ダイメン(daymen、いつも、いつまでもの意味)」と言い、締めくくる[7]。
カフウを淹れるのには、イブリーク(ラクウィまたはカナカ)が使用されるが[6]、大きなまたは長い集まりの際はマサブ(masab、ダッラの一種)と呼ばれる真鍮のポットが利用される[8]。

ヨルダンでも、カルダモンで香りづけされたブラックコーヒー、カフワ・サーダは、「歓迎のコーヒー」とも頻繁に呼ばれ、今なお伝統的な敬意の表現であり、もてなしの重要な要素とされている。カフウを振る舞うことは、ヨルダンの社会生活において中心的な役割を果たし、来客を敬う慣習的な儀礼となっている[9]。集まりの場でカフウが振る舞われるなか、詩が詠まれたり、さまざまな議論が行われ、氏族間の集まりでは、やはりカフウが提供されるなか和解と紛争解決が図られ、カフウは文化的、政治的、そして社会的な伝統を支えてきた[10]。注がれ続けるカフウを断る際は、フィンジャーンを振って意思を示すなど、独自の礼儀作法も受け継がれている[10]。
歴史
飲用されていたとされる証拠として、15世紀のイエメンにあるスーフィー派の寺院に記録があり、夜の祈りで目を覚ますために用いられたとされる。
1511年に、メッカの宗教裁判でコーヒーの効用から禁止され、メッカ事件などが起きた[11]。しかし、この裁定は1524年にオスマントルコのスルタン、スレイマン1世の命令により撤回された[12]。その後もさまざまな場所で禁止と撤回のいざこざが起きた。
2015年、ベドウィンの来訪者に対してアラビアコーヒーを振る舞う行為(ホスピタリティ)が、「Arabic coffee, a symbol of generosity(アラビアコーヒー、寛容さの象徴)」として、アラブ首長国連邦・サウジアラビア・オマーン・カタールの共同申請によりユネスコの無形文化遺産に登録された[13]。2024年にはヨルダンが申請国として加わり、その申請が認証され追加登録された[10]。

