アリストパネス
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生涯
作風
ペロポネソス戦争に対しては一貫して批判的であり、『女の平和』のような直接に戦争に反対する内容の作品もある。アテナイの同時代の実在の人物、ソクラテスやエウリピデスなどを取り上げて風刺することが多かった。特にエウリピデスは何度か登場し、彼の悲劇『ヒッポリュトス』でのセリフ「舌は誓ったが心は誓わない」は何度ももじって利用している。また、『女だけの祭』では女性蔑視が甚だしいが為に女性の敵と目され、何とか殺されることの無いように、あれこれ策を弄して立ち回ろうとする人物に戯画化されている。ソクラテスは、直接の批判の対象というよりは、ソフィストの代表として扱われている。政治家の中ではデマゴーグのクレオンを特に標的とし、思いの丈の限りを尽くして痛烈に諷刺したため、『バビュロニア人』を競演した際(紀元前426年)には、クレオンによって言い掛かりとしか思えない罪状(国家転覆罪)で以て告訴されている。
その他
プラトンの『饗宴』において、宴[注釈 1]に集う人々の中の一人として登場している。この中でアリストパネスが戯画化されたと思しき下りがあり、それはプラトンが師であるソクラテスを揶揄われた事に対する仇討ちとしてアリストパネスを揶揄ったとも取れるが、プラトン自身はアリストパネスを評価しており、これは話の流れを考えての事と解されている[7]。また、愛の神エロースを讚美する即席演説において、男女両性者(アンドロギュノス)について言及している。これは異性愛や同性愛、そして同性少年愛が何故人々の中に存しているかに関して、その由来となる譚を語る中で触れているものである[8]。更にはアリストデーモスの言によればとして、アリストパネスとアガトーンがソクラテスと大杯を回し飲みしつつ語り合っている時に[注釈 2]、ソクラテスが「同一人が、喜劇悲劇二つの創作技術を修得しうること。および、しかるべき技術によって悲劇作者は喜劇作者でもありうること[10]」を、二人に同意させようとして、二人が答えに窮して寝たふりをしてやり過ごそうとして両人共に本当に寝入ってしまったとしている[11]。
オクシリンコス・パピルスの断片に「賽は投げられた」との台詞があった[注釈 3]。
