アルバートザグレート
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| アルバートザグレート | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 品種 | サラブレッド | |||||
| 性別 | 牡 | |||||
| 毛色 | 鹿毛 | |||||
| 生誕 | 1997年5月7日 | |||||
| 死没 | 2021年11月19日 (24歳没) | |||||
| 父 | ゴーフォージン | |||||
| 母 | ナイトストーム | |||||
| 生国 | アメリカ合衆国 | |||||
| 生産者 | エリザベス.J.ヴァランド | |||||
| 馬主 | トレイシー・ファーマー | |||||
| 調教師 | ニコラス・P・ジトー(米) | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 | 22戦8勝 | |||||
| 獲得賞金 | 3,012,490USドル | |||||
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アルバートザグレート(Albert the Great)は、20世紀末から21世紀初頭に活躍したアメリカ合衆国の競走馬である。
2000年から2001年にかけて走り、ほぼ2年にわたる現役生活で全22戦9勝の成績を残した。8戦目のドワイヤーSで重賞を初めて制覇すると、12戦目のジョッキークラブゴールドカップでG1を制覇した。同年のBCクラシックは4着、翌年のBCクラシックも3着に敗れている。G1を連勝するほど強い馬ではなかったが、多数の競走に出走し重賞戦線をにぎわせた馬であった。[1]
2002年から種牡馬入り。2010年に同じリボー系種牡馬のプレザントタップが死亡したため、リボー系を代表する種牡馬となった。当初はケンタッキー州で供用され、後にペンシルベニア州に移動した。初年度は68頭の産駒を得たが、人気を集めることはできず種付け数は年々減少した。2013年生まれの世代までで370頭の産駒が居るが、勝ち上がり率、2歳戦勝利率共に低く、ステークス勝ち馬は9頭と大失敗に終わっている。[2]
ステークス勝ち馬が9頭にもかかわらず、少数の活躍馬は異様に大レースに強い傾向がありG1馬は多かった。一方でG1を勝っていないステークス馬はたった3頭で何れも小ステークスを勝っただけに過ぎず、更にそれ以下の馬は殆ど活躍できないという偏った成績であった。アルバータスマキシマスをはじめG1馬は3頭(他にプエルトリコ国内限定G1馬が2頭、ヴェネズエラ国内限定G1馬が1頭)出ており、このため低い勝ち上がり率にもかかわらずAEIは1.15と悪くない数字を残している。[2]
2016年に9頭の繁殖牝馬に種付け[3]したのを最後に種牡馬を引退。今後は功労馬としてOld Friends Equineで余生を過ごす[4]。2021年11月19日に慢性的な副鼻腔炎のため安楽死の措置が取られた[5]。24歳であった。