アレックス・ランドルフ

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アレックス・ランドルフ(右)と、ドイツのAI研究者クリストフ・エンドレス。

アレックス・ランドルフ(Alex Randolph, 1922年5月4日 - 2004年4月28日)はアメリカアリゾナ州出身[1][2][3]のボードゲームデザイナー、ライター。

本名はアレクサンダー・ランドルフ(Alexander Randolph)。ゲームデザイナー連盟(SAZ, Spiele-Autoren-Zunft e.V.)の共同創設者であり、名誉会長である[4]

クラウス・トイバーは「作品に初めて自身の名前を冠し、ゲーム出版社にゲーム作家をビジネスパートナーとして認めさせ相応の待遇を勝ち取り、後進のゲーム作家のために道を切り開いた人物」と、レオ・コロヴィーニは「ゲーム作家という概念自体を発明した」と評している[5]

1922年 - コロラド川に接する牧場で生まれた[3]

裕福な両親の息子で、スイスの私立学校に通い[3]、卒業後はボストンコピーライターとして働いた。ランドルフ自身によると、軍情報部で働いていた事もあり[3]。4言語が話せたので秘密諜報員としての訓練を受けた。第二次世界大戦末期は大佐の元で4人小隊に所属していた。危険な目に遭うことは無かったが、暗号解読とインテリジェンスで忙しかった。チトーパルチザンと長期間接触しており、無線を通じてチェスをしていたがいつも負け、ユーゴスラビアにはチェスマスターがいると思っていた[6]

1959年 - 広告業界で働きながらゲームを作っていたが、当時は売るという発想はなかった。ある日代理人からゲームの販売を持ちかけられ、ポリオミノをテーマにした『Pan-Kai』が1961年に発売された[7]

1961年 - 日本に移住しプロのゲームデザイナーとなる。初仕事は『ツイクスト』だった。 この時期に将棋の有段者となっている[1][2][3]

1962年 - シド・サクソンと共にミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング社(3M)で、新たなゲーム部門を開設するよう委任される。この3Mを通して、自ら作った『ブレイクスルー』、『Evade』、『Oh-Wah-Ree』、『ツイクスト』などが発売された[8]

1968年 - イタリアヴェネツィアに移住し、Dario De Toffoli、レオ・コロヴィーニ(Leo Colovini)と設立したVenice Connection社で、ゲームデザイナーとしてのキャリアを続ける[3][9]。2004年に同地で亡くなった[8]

受賞

ドイツ年間ゲーム大賞

大賞
1982年『ザーガランド』 - Sagaland
ドイツ年間キッズゲーム大賞
1989年 Gute Freunde
1997年『ライネンロス』 - Leinen los
特別賞
1996年『ベニスコネクション』 - Venice Connection
1988年 Inkognito

オリジン賞

殿堂入り
2011年 ゲームデザイナーとして殿堂入り[10]
2011年『ツイクスト[10]

作品リスト

参考文献

外部リンク

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