アンソニー・バルバロ

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生年月日 (1984-10-31) 1984年10月31日
没年月日 (2022-09-11) 2022年9月11日(37歳没)
アンソニー・バルバロ
Anthony Varvaro
ボストン・レッドソックス時代
(2015年3月23日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州スタテンアイランド
生年月日 (1984-10-31) 1984年10月31日
没年月日 (2022-09-11) 2022年9月11日(37歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 MLBドラフト12巡目(全体353位)でシアトル・マリナーズから指名
初出場 2010年9月24日 タンパベイ・レイズ
最終出場 2015年4月28日 トロント・ブルージェイズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アンソニー・マイケル・バルバロAnthony Michael Varvaro, 1984年10月31日 - 2022年9月11日[1])はアメリカ合衆国の元プロ野球選手警察官。右投右打。

プロ入りとマリナーズ時代

2005年MLBドラフト12巡目(全体353位)でシアトル・マリナーズから指名され、8月26日に契約。

2006年、ルーキー級アリゾナリーグ・マリナーズでプロデビュー。5試合に登板し、0勝2敗・防御率1.64だった。

2007年はA級ウィスコンシン・ティンバーラトラーズで22試合に登板し、4勝11敗1セーブ・防御率4.69だった。

2008年はA+級ハイデザート・マーベリックスで30試合に登板し、3勝9敗・防御率7.12だった。

2009年はA+級ハイデザートで8試合に登板後、5月にAA級ウエストテン・ダイヤモンドジャックスへ昇格。36試合に登板し、4勝3敗8セーブ・防御率2.82だった。オフの11月20日にマリナーズとメジャー契約を結び[2]40人枠入りを果たした。

2010年2月26日にマリナーズと1年契約に合意[3]3月16日にAA級ウエストテンへ配属され[4]、開幕を迎えた。開幕後はAA級ウエストテンで31試合に登板し、1勝3敗9セーブ・防御率3.20だった。7月にAAA級タコマ・レイニアーズへ昇格。19試合に登板し、防御率5.26だった。9月22日にメジャーへ昇格し[5]9月24日タンパベイ・レイズ戦でメジャーデビュー。2点ビハインドの8回裏から登板し、1回を無安打無失点1四球2奪三振に抑えた[6]。続く2試合ではいずれも失点し、4度目の登板となった10月3日オークランド・アスレチックス戦では、同点の6回表から登板したが、1死しか取れず2安打1失点で途中降板し、メジャー初黒星を喫した[7]。この年は4試合に登板し、0勝1敗・防御率11.25だった。

2011年1月3日DFAとなった[8]

ブレーブス時代

2011年1月13日ウェーバーアトランタ・ブレーブスへ移籍した[9]2月22日にブレーブスと1年契約に合意[10]3月17日にAAA級グウィネット・ブレーブスへ配属され[11]、開幕を迎えた。7月28日にメジャーへ昇格[12]。リリーフとして7試合に登板していたが、ブロウンセーブを記録するなど救援失敗が目立ち、8月14日にAAA級グウィネットへ降格した[13]。登録枠が拡大された9月1日にメジャーへ再昇格した[14]。この年は18試合に登板し、0勝2敗・防御率2.63だった。

2012年3月2日にブレーブスと1年契約に合意[15]4月2日に胸筋の故障で15日間の故障者リスト入りし[16]4月25日に故障者リストから外れたものの、AAA級グウィネットへ降格した。6月13日にメジャーへ昇格。7月14日ニューヨーク・メッツ戦では、2点ビハインドの8回表から登板し、1回を1安打無失点に抑え、直後の8回裏にブレーブスが3点を取り逆転したため、メジャー初勝利を挙げた[17]。しかしその後は防御率5点台の状態が続き、7月23日にAAA級グウィネットへ降格した[18]。その後はメジャーに昇格することはなく、この年は12試合に登板し、1勝1敗・防御率5.40だった。

2013年は自身初の開幕ロースター入りを果たし[19]、自己最多の62試合に登板。3勝1敗1セーブ・防御率2.82だった。

アトランタ・ブレーブス時代
(2014年7月6日)

2014年2月25日にブレーブスと1年契約に合意し[20]、開幕ロースター入りした[21]。開幕後は61試合に登板し、3勝3敗・防御率2.63だった。オフの12月15日にDFAとなった[22]

レッドソックス時代

2014年12月17日アーロン・クルークスとのトレードで、ボストン・レッドソックスへ移籍した[23]

2015年は9試合に登板し、0勝1敗・防御率4.09の成績を残し、5月3日にウェーバーでシカゴ・カブスへ移籍した。だが、右ひじ腱の損傷が発覚し、5月24日にレッドソックスに返還となった。オフの12月15日にマイナー契約で再契約した[24]

2016年は傘下のAAA級ポータケット・レッドソックスでプレーしていたが、6月19日に引退を表明した[25]

現役引退後

2016年12月9日ニューヨーク・ニュージャージー港湾公社警察学校を卒業し、警察官に転身した[26]。 2022年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件の式典に向かう際、逆走車と衝突し亡くなった[1]

詳細情報

背番号

  • 60 (2010年)
  • 38 (2011年 - 2014年)
  • 46 (2015年)

脚注

関連項目

外部リンク

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