アンヌ・イダルゴ

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生年月日 (1959-06-19) 1959年6月19日(66歳)
出身校 リヨン第三大学法学部
パリ第十大学法学部
アンヌ・イダルゴ
Anne Hidalgo
アンヌ・イダルゴ、2014年
生年月日 (1959-06-19) 1959年6月19日(66歳)
出生地 スペインの旗 スペインサン・フェルナンド
出身校 リヨン第三大学法学部
パリ第十大学法学部
現職 パリ市長
所属政党 社会党
配偶者 Jean-Marc Germain
サイン
当選回数 2回
在任期間 2014年4月5日 - 現職
パリ第一副市長
在任期間 2001年3月18日 - 2014年4月5日
市長 ベルトラン・ドラノエ
選挙区15区→)
11区
当選回数 4回
在任期間 2001年3月9日 - 現職
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アンヌ・イダルゴ(Anne Hidalgo、1959年6月19日 - )は、スペイン出身のフランス政治家パリ市長(第14代)。

パリ第一副市長、パリ議会議員(4期)を歴任した。出生時の名はアナ・マリア・イダルゴ・アレウ(Ana María Hidalgo Aleu)。

1959年6月19日アンダルシア州カディス県サン・フェルナンド出身[1]。父アントワーヌはサンディカリスト電気技師、母マリアはドレスメーカーであった[2]。一家は1962年春、長女マリー4歳、次女のアンヌ2歳を伴い、フランコ政権に反発してスペインから出国し、フランスリヨンに移住した[3]。アンヌはリヨン市9区ヴェーズ地区で育った。両親は後にスペインに帰国し、姉マリーはロサンゼルスで事業を営んでいる。

労働者階級の家庭で育ち、14歳の時にフランス国籍を取得[4]。リヨン9区のリセ・ジャン=ペラン (lycée Jean Perrin) [5]を経て、リヨン第3大学、同大学院で社会法専攻修士課程[5][6]を修了(また後に、職業経験を経てパリ第10大学労働組合法に関する修士号取得 (仏: DEA de droit social)[6][7])。労働監視官として勤務した後、フランソワ・ミッテラン政権時代のマルティーヌ・オブリー雇用・連帯大臣の下で顧問を務めた[4]フランス社会党には30歳を過ぎてからの入党であった。

フランス国籍取得時に当時のスペインの法律により自動的にスペイン国籍は喪失したが、成人後にスペインの国籍法が改正されたことに伴い、改めてスペイン国籍を取得しており、現在はフランスとスペインの二重国籍者である。

2001年にベルトラン・ドラノエパリ市長に就任すると、第一助役に起用された。

2014年、ドラノエの任期切れに伴って新しく選出されるパリ市長選挙に出馬、国民運動連合が擁立したナタリー・コシュースコ=モリゼとの女性候補対決となった[8]。2014年3月30日の決選投票を制してナタリー・コシュースコ=モリゼに勝利し、同市初となる女性市長に当選した[4][9]

2017年2月に来日。

2020年6月28日に行われた統一地方選の決選投票で、共和党候補のラシダ・ダティマクロン大統領率いる与党共和国前進アニエス・ビュザンフランス語版を破って、パリ市長に再選した[10][11][12]。その際「15分圏都市」を提唱し注目を集めた。

2021年8月に来日。東京オリンピック閉会式に出席し、2024年パリオリンピックに向けオリンピック旗を受け取る[13]

2022年4月10日の大統領選挙第1回目投票では得票率1.80%で10位にとどまり落選した[14]

私生活

脚注

外部リンク

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