アーロン・ワン=ビサカ
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ウェストハム・ユナイテッドでのワン=ビサカ(2024年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Aaron Wan-Bissaka | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1997年11月26日(28歳) | |||||
| 出身地 | ロンドン・クロイドン | |||||
| 身長 | 183cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF | |||||
| 背番号 | 29 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2008-2016 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2016-2019 |
| 42 | (0) | |||
| 2019-2024 |
| 130 | (2) | |||
| 2024- |
| 36 | (2) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2015 |
| 1 | (0) | |||
| 2018 |
| 2 | (0) | |||
| 2018-2019 |
| 3 | (0) | |||
| 2025- |
| 3 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2025年6月17日現在。 2. 2025年11月4日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
アーロン・ワン=ビサカ(Aaron Wan-Bissaka, 1997年11月26日 - )は、イングランド・ロンドン出身のサッカー選手。プレミアリーグ・ウェストハム・ユナイテッド所属。コンゴ民主共和国代表。ポジションはディフェンダー。
11歳のときにクリスタル・パレスFCのアカデミーに入る。2017年夏に当時のパレスの監督だったフランク・デ・ブールによってトップチームに召集されるが、ティモシー・フォス=メンサーとマーティン・ケリーの間に割って入ることができなかった。
2018年2月25日のトッテナム戦でリーグデビューを果たすと、翌シーズンはフォス=メンサーがフラムFCに移籍したため右サイドバックの一番手に浮上した。9月22日のニューカッスル・ユナイテッドFC戦では観客席から投げられたペットボトルが直撃したことで物議をかもした[1]。同年11月にはマンチェスター・シティFCが興味を示していると報じられた[2]。
2019年6月29日、マンチェスター・ユナイテッドFCと5年契約(1年の契約延長オプション付き)を締結した[3]。移籍金は5000万ポンドで、ユナイテッドのDF史上最高額の移籍金となった。開幕戦のチェルシーFC戦に早速先発出場し、4-0の大勝に貢献した。
2021-22シーズン途中より特に攻撃面でのパフォーマンスの不安定さからディオゴ・ダロトにポジションを奪われ、控えに回った。翌シーズンよりエリック・テン・ハフが監督に就任すると構想外と報じられ、古巣のクリスタル・パレスが復帰を画策しているとされたものの残留した[4]。
2024年8月13日、ウェストハム・ユナイテッドFCに移籍した[5]。
代表経歴
ユース年代ではイングランド代表として出場。2019年8月、UEFA EURO 2020予選のコソボ戦とブルガリア戦を前にイングランド代表に初招集されたが、背中の負傷のため代表からの離脱を余儀なくされ、出場はなかった。
2019年5月、イングランド代表として国際舞台で活躍する意向を表明し、「目標はイングランドだ。イングランドでプレーし、イングランド代表としてプレーできることに満足しているので、これからもそうしていきたい」と述べた。
しかし、2025年6月にマリとマダガスカルとの親善試合に臨むコンゴ民主共和国代表に招集された。
同年8月22日、コンゴ民主共和国への代表切り替え要請がFIFAによって承認された。 2025年9月5日、2026年ワールドカップ予選で南スーダンに4-1で勝利し、代表デビューを果たした。
プレースタイル・評価
対人守備を得意としている。体勢を崩されにくく、たとえ相手に振り切られそうになったとしても、柔軟な体を武器にスライディングを成功させてしまう。ジェイミー・キャラガーは、「1対1のバトルにおいて、ワン・ビサカは“世界最高のDF”だね」とその守備力を絶賛している[6]。
攻撃面では、オーバーラップとインナーラップを巧みに使い分け、前線に効果的な動きをもたらしている。また、繊細なタッチを武器に、相手をかわしたりボールをキープしたりと、狭いスペースやプレッシャーのかかる場面でもチームに貢献している。
人物・エピソード
ユース時代はストライカーとしてプレーしていたが、クリスタル・パレスのアカデミーでの練習中、ウィルフレッド・ザハを完璧に抑え込んだことがきっかけで右サイドバックにコンバートされた経歴を持つ[7]。
マンチェスター・ユナイテッドFCへの移籍当初は、地元ロンドンを離れた生活に馴染めずホームシックに陥っていたが、PlayStationなどのゲームをすることで孤独を和らげていたと語っている[8]。 また、若手時代は食生活が乱れていたが、プロ意識の向上とともにジャンクフードを断つなど改善を図っている[9]。
自身のルーツであるコンゴ民主共和国に対し強い支援を行っている。2020年の新型コロナウイルス感染症のパンデミックに際しては、同国へ2万セットの個人防護具(PPE)の手袋を寄付した[10]。
2023年4月23日に行われたFAカップ準決勝のブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFC戦では、当時好調を維持していた三笘薫とマッチアップ。三笘を完璧に封じ込めた守備対応は高い評価を受け、試合後に三笘自身も「完敗かなと思う」と実力を認めるコメントを残した[11]。