イゼベル
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
紀元前9世紀前半の人物。イゼベルについての記事は列王記上16章に初出し、以後列王記下9章までに散見される。
列王記によれば、イゼベルはフェニキア人で、イスラエル王アハブの后。父はシドン王エトバアル。列王記にはアハブの子らについての記述があるが、イゼベルが母であるとは明言されていない。

イゼベルはイスラエル(ユダヤ)人にとって異教であるバアル信仰をイスラエルの宮廷に導入し、ユダヤ教の預言者たちを迫害した。預言者の一人エリヤが偶像神バアルとアシェラの預言者たちと対決してこれを倒すと、イゼベルは以下のように述べてエリヤを殺そうとした[1]。
「もしわたしが、あすの今ごろ、あなたの命をあの人々のひとりの命のようにしていないならば、神々がどんなにでも、わたしを罰してくださるように」。 — 列王紀上19章2節(口語訳)
アハブ王の死後、ヨラム王およびアハズヤ王の時代も権力を握っていたイゼベルだったが、ヨシャファトの子イエフが反乱を起こしてヨラムとアハズヤを殺害すると、イゼベルは宦官数人に見限られて城門から突き落とされ、馬で踏まれた上に犬に食いちぎられるという非業の死を遂げた(列王記下9章)[2]。これはナボトという男のぶどう畑を望んだイゼベルが、不当にそれを奪ってナボトを死に追いやったことの報いであり、エリヤの予言したとおりの結末であったと聖書は書いている。このクーデターは紀元前842年頃と考えられている。
子孫
ヨハネの黙示録におけるイゼベル
創作への影響
フランキー・レインは1951年に「イゼベル」を録音し、ヒット曲となった。
マーガレット・アトウッドの侍女の物語 (1985) とその Hulu 版では、イゼベルは全体主義的かつ神政的なギレアデ共和国で不妊手術を施された後に売春婦として働くことを強制された女性であり、同名の聖書の人物にちなんで名付けられている。
